音楽と人生に関する一考察

A.R.B / After,45

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砂丘 1945年 / A.R.B.
1985


1989年4月。あの日、俺たちは、大阪へ向かうバスに揺られていた。
京都の某メーカーに就職が決まったものの、同期二十数名のうち大阪工場への転勤を命じられたのうちたった五人の仲間として、工場併設の社員寮へ向かっていたのだった。
たいしたこと出来もしないのに、人とはどっか違うような素振りでいいかげんなことばっかり言い散らかすところだけはそっくりだったお前と俺は、社員寮で同室になって、その日から俺たちの部屋が追放された同期五人組のたまり場になった。
で、それから毎日、ほんまに社会人かと疑われるような、いたずらと悪態を繰り返した。夜中にギター弾く、明け方まで飲んで酒臭い息で出勤、勝手に工場の屋上で花火する。
明日の仕事のために早く寝て体力を蓄えたりしたくなかった。日々の暮らしが、仕事だけで終わってしまうことがどうしても我慢できなかったんだ。
ふたりで「さっさとこんな会社出て行って何か儲かる仕事しようぜ」って息巻いていた。まったくもって素晴らしく馬鹿げた日々だった。

それからいろいろあって、二年経って俺のほうが先に会社を後にした。
お前もその一年後に会社を辞めた。
その会社自体は今はもう無い。

3年前、結婚したと知らせが着いた。
今年は、お前の名前だけが書かれた年賀状が届いた。

まぁ、いろいろあるんだろう。

俺とお前が大好きだったA.R.B。
もはや少し古臭い、ハードでストイックな男たちのドラマ。
今夜久しぶりに聴いてみたくなった。

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♪After'45
悲しみを拭い去れずに
君は夜の川を渡る
忘れなよ 忘れてしまえ
悪い夢にうなされていたのさ

人は皆古いコートを引きずり
孤独の渕を背中丸め歩いてゆく

AFTER1945 
俺たちは生まれ 
狭い街角で出会った

降りしきる雨に打たれて
何もかもが色褪せてく
眠りなよ この胸の中
雨が止めば すべてうまくゆくさ

今の今の今が通り過ぎてく
昔胸躍らせた地図も破けてゆく

揺れる1945 
過去は過去のもの 
手を伸ばしてみる 
夜明けに

AFTER1945 
俺たちは生まれ 
狭い街角で出会った

友部正人 / どうして旅に出なかったんだ

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“1976” “1976”
友部正人
1976


どうして旅に出なかったんだ、坊や
あんなに行きたがっていたじゃないか
どうして旅に出なかったんだ、坊や
うまく話せると思ったのかい

おまえは旅に出るよって行って出なかった
俺は昨日旅から帰ってきた奴に会ったんだ
あいつはおまえとおんなじだったよ
ただ違うのはあいつはまた昨日旅に出たけど
おまえは行かなかったのさ

どうして旅に出なかったんだ、坊や
あんなに行きたがっていたじゃないか
どうして旅に出なかったんだ、坊や
行っても行かなくてもおんなじだと思ったのかい

もう5年も前おまえが行きたいと思っていた場所へ
きのうあいつは出かけて行ったよ
おまえときたら昼の日中から街の銭湯で
何度も何度も自分の身体ばっかり洗っていたよ

あいつは俺に言っていたよ
さよなら またいつか会えるさって
俺はおまえの顔を見るたびに
もうこいつには会えないんじゃないかと思うのさ

どうして旅に出なかったんだ、坊や
あんなに行きたがっていたじゃないか
どうして旅に出なかったんだ、坊や
行っても行かなくてもおんなじだと思ったのかい

おまえがちっとも旅に出ないもので
俺はもうあきあきしちゃったんだよ
おまえがあんなに言っていたことも
今俺にはみんな嘘のように聞こえるんだよ

おまえが何にも言わないものだから
この街もとうとう日が暮れちゃったよ
俺は明日旅に出るよ
あいつとはきっとどこかで会えるような気がするよ

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大学4回生の春、友人が一ヶ月ほどアメリカへ単独旅行に行った。まだバックパッカーなんて流行する前の事だ。かっこいいと思った。けど帰った友人の「就職したら行かれへんからな、今いっとかんと」って言葉を聞いて、なんてかっこわるいと思った。それはちゃうやろ、と。自由を自らあきらめてしまう態度が悲しかった。僕もすぐにでも旅に出ようと思ったけどあいにく金がなかった。そして就職活動のタイムリミットだった。就職浪人なんて当時は常識の中になかったからね、就職活動なんてしたいとは思わなかった、けれどそれで人生棒に振ってしまうほどの勇気も自信もなかった。

そんなこんなでいつのまにか就職して二年半が経った。
いろんなことがルーティンになってきた。とりあえず社会なんてなんとかなるもんだということだけはわかってきた。
会社の女の子や得意先のパートさんに「俺はこんなところでパン売ってるような奴じゃないんだ。世界が俺を待ってるゼ」みたいな粋がったホラばっかり吹いていた。
元々その会社で一生働き続けるつもりはなかった。けど、人生なんてそんなもんかな、とも少し思い始めていた。

ある日、たまたま買ったこのアルバムの「どうして旅に出なかったんだ」にショックを受けた。まるでハンマーで頭30回殴られたような。「俺はまだ、何も始めていないんじゃないか・・・しかも口先ばっかりで・・・」。
背中を押されるように、会社を辞め、旅に出た。後先のことはまったく何にも考えていなかった。頭の中を「どうして旅に出なかったんだ」って友部の声がずっとこびりついていた。

杉 真理 / 春が来て君は

STARGAZER STARGAZER
杉真理
1983


桜が舞い散る頃
毎日が君の 洗いたての髪の
香りの中にいた
髪を切りすぎて しょげる僕見て
なぐさめた後で吹き出した君

何度もさようならと言いかけたけれど
本当に離れるとは 思わなかったよ

また春が君を ほほえませたら
僕を思い出して 幸せな時に

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桜が舞い散る頃になると思い出す歌がある。
杉真理の「春が来て君は」。ヒットした「バカンスはいつも雨」が入っていたアルバムに収録されていた曲だ。

あの頃、春になると桜がきれいな通りの一筋裏の小さなアパートに彼女は住んでいた。20歳すぎ〜22歳、日々経験する何もかもが新しくて毎日がワクワクの連続だった年頃をその彼女と一緒に過ごした。
何で別れたのかは、実は今もよく解らない。この先歩もうとする人生の目指す方向が違うことを、僕は気付いていなかった。うすうす感じていたとしても何とかなるんだろうと思っていた。彼女は気付いていた。それがどうしようもなく違うということを。
多分、たったそれだけのことだと思う。

学校を卒業してから一年経って、彼女が新しい部屋へ引っ越すと同時に別れた。最後に引っ越しを手伝って空っぽの部屋で抱き合った。不思議と悲しくはなかった。ただ空っぽな風が何かを散らしていったような気持ちがした。
桜の舞う季節になるとなんとなく思い出す。

SION/ Machiko

STRANGE BUT TRUE STRANGE BUT TRUE
SION
1988


午前五時 電話が鳴る
「ただいま。」 おまえが言う
1200km離れて 俺らは一緒に暮らしてる
Machiko 何かみっともないくらいに
Machiko お前に会いたい

名前を呼ぶ 何度も呼ぶ
それだけで楽しくなる
話したい キスしたい
二人で街を歩きたい
Machiko 何かみっともないくらいに
Machiko お前に会いたい

想う気持ちがどんどん走り出す
今夜 素面のまま
俺の頭はかなり錆付いちゃきてるけど
ここだけはキレイだ
お前に会いたい
Machiko・・・
Machiko・・・

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1200km離れて鳴る午前五時の電話。このふたりはどんなシチュエーションで暮らしているんだろう?
遠距離恋愛をしたことはないけれど、会いたくてもすぐに会えないときのもどかしい気持ちやせつない気持ちはよくわかる。
例えば、電話や文章でのやりとりでおきる想いのスレチガイやイキチガイ。顔を会わせば言葉を交さなくてもお互いのことがすぐにわかるのに。

トム・ウェイツのレコーディングにも参加していたギタリストのマーク・リボットや、ジム・ジャームッシュの『ダウン・バイ・ロウ』にも出演していたジョン・ルーリーの兄 エヴァン・ルーリーらと行われたニューヨーク録音。アルフレッドじいさんの奏でるバンドネオンがせつなく響く。

ちなみに、SION氏自身のこの曲へのコメント。
『「Machiko」って唄はなかったです。
あったけど、レコ−ディングのテ−プがまわるまで、違うタイトルで違う歌詞でありました。なぜなら、照れ臭かったからであります。
曲が終わった後、マ−ク・リボットがプロデュ−サ−に「リハ−サルと違うみたいだけど、シオンはなに唄ったんだ?」プロデュ−サ−は「俺もわからない」。
そんないろっぽいレコ−ディング。』
そんな照れたコメントを残すところを見ると、この詞の世界、シオン自身の実話なのかな?自分の歌にうそをつけない人だから、多分そうなんだろう。

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YouTubeにはMachikoの映像はなかったけれど、こんなラブソングがあった。
小さな声で話そ SION
ありがてぇ SION

Bobby McFerrin / Don't worry,be happy

Simple Pleasures Simple Pleasures
Bobby McFerrin
1990


♪Don't Worry, Be Happy
Here is a little song I wrote
You might want to sing it note for note
Don't worry be happy
In every life we have some trouble
When you worry you make it double
Don't worry, be happy......

Ain't got no place to lay your head
Somebody came and took your bed
Don't worry, be happy
The land lord say your rent is late
He may have to litigate
Don't worry, be happy
Lood at me I am happy
Don't worry, be happy
Here I give you my phone number
When you worry call me
I make you happy
Don't worry, be happy
Ain't got no cash, ain't got no style
Ain't got not girl to make you smile
But don't worry be happy
Cause when you worry
Your face will frown
And that will bring everybody down
So don't worry, be happy (now).....

There is this little song I wrote
I hope you learn it note for note
Like good little children
Don't worry, be happy
Listen to what I say
In your life expect some trouble
But when you worry
You make it double
Don't worry, be happy......
Don't worry don't do it, be happy
Put a smile on your face
Don't bring everybody down like this
Don't worry, it will soon past
Whatever it is
Don't worry, be happy

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僕の作ったささやかな歌
あなたにもくちづさんでほしいな
心配ないよ ハッピーにやろう
どんな人生にもトラブルはある
悩んでたら二倍になっちゃう
心配ないよ ハッピーになろう

安らげる場所がなくなっちゃった
誰かがベッドを持って行っちゃった
けど 心配ないよ ハッピーにやろう
地主が家賃を払えといきまいて
訴訟を起こそうとしてたとしても
心配ないよ ハッピーになろう

僕をごらんよ ハッピーだろう
心配ないよ ハッピーにやろう
電話番号教えてあげる
心配な時はかけておいでよ
僕があなたを楽しませてあげるから
心配ないさ ハッピーになろう

お金もないし
スタイルもない
微笑をくれる少女もいない
けど 心配ないよ ハッピーにやろう
心配な時は顔が曇って
それはみんなの気を沈ませる
心配ないさ ハッピーになろう

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最近CMでまたよくお耳にかかるノーテンキなレゲエ調のこの曲。一瞬楽器に聞こえる音の一つ一つまで全部実はボビー・マクファーリンの声、というのは有名な話。

ドント・ウォーリー、ビー・ハッピーだなんて、なんてシンプルなメッセージだろう。「どんな人生にもトラブルはある 悩んでたら二倍になっちゃう」だなんて、ま、確かにそのとおりなんだろうけど、人間そう簡単にそこまでお気楽になれるもんでもないだろう、なんて突っ込みたくもなる。
でもね、多分、本当にお気楽な人間は決してこんなメッセージは語らない。みんな心配もトラブルもいっぱいいいっぱい抱え込んでるからこそ、こんなメッセージが必要とされるんだと思う。
心配な時に笑顔で振舞えるほど大人じゃないし、そんな風には一生なれっこないけれど、心配したって始まらないことを心配しても仕方ないから…結局、今、自分が本当に思うことをやる以外にないのです。
心がしかめっ面になってきたら、この歌思い出してみることにしよう。

渡辺貞夫 / Wheel of Life〜Spring(All Beautiful days)

ホイール・オブ・ライフ ホイール・オブ・ライフ
渡辺貞夫
2003


2003年発表の渡辺貞夫さん、現在のところの最新アルバムの最後2曲は、ホメロ・ルボンバのちょっと古風なアコースティック・ギターと、ナベサダさんのフルートのデュオ。
春の美しさとせつなさをせつせつと歌う短調のもの悲しいメロディ。
ナベサダさんの吹く音は基本的にウェットだ。けれど湿っぽくはない。なんというか、草木の呼吸をたくさん含んだ風のような潤いと優しさがある。ただ甘いだけの優しさじゃなく、人生色々かみしめた上でそれでも何もかも許してしまおう、みたいな優しさがにじみ出てくるような。

音楽という表現は、演奏する人の人となりがそのまま音に出てくるから面白い。普通、70過ぎてフルートなんて吹いたら、もっと渋い枯れた音になるはずなんだけど、ナベサダさんはまだまだ枯れない。その潤いの源には一体何があるんだろう?70過ぎたらわかるかな?もっとも、こんな枯れない爺さんにはなれそうもないけれど。

Jackie McLean [Swing,Swang,Swangin']

Swing, Swang, Swingin' Swing, Swang, Swingin'
Jackie McLean
1959


ジャズが好きになったのは30も過ぎてからだった。
いまひとつピンと来ないまま敬遠していたジャズに目からウロコが落ちたのは、ビル・エヴァンスやアート・ペッパー、そしてこのジャキー・マクリーンだった。彼らの音からは「ジャズかくあるべし」なんて理屈以前の「うた」が聴こえてくる。音楽にする以外に表現しようのない想いがその一音一音からとめどなく溢れてくる。僕はそこに惹かれた。だから、正しくは「ジャズ・ファン」ではなく「歌の力」の魅力に惹かれているだけなのだと思う。
そんな理由で未だにワン・ホーンのアルバムが好きだ。歌心がまっすぐ届いてくるから。
マクリーンはその長い活動期間の中でいろんなことに挑戦したけれど、一番好きなのはこれ。「素」のマクリーン、サックスを吹くことが楽しくてたまらないマクリーンの姿が垣間見える。ワンホーンでは少しくどいくらいの、時々吹ききり方が怪しいときもあって、全部聴くとややお腹一杯気味だけど、なによりもいいのは底抜けの明るさ。田舎から出てきたての男が都会で田舎弁丸出しで奔放に振舞っているような、素直で素朴であっけらかんとした明るい演奏。マクリーンにはしかっめ面よりそんな朗らかなスタイルがよく似合う。

Art Pepper [Art Pepper meets the Rythm Section]

Meets the Rhythm Section Meets the Rhythm Section
Art Pepper
1957


ワン・ホーンのジャズといえば何をおいてもこのアルバム。
アート・ペッパー、1957年に当時人気絶頂だったマイルス・デイヴィスのリズムセクションを従えてのレコーディング。
まるで5月の新緑のように生命力が漲る素晴らしい演奏だと思う。
このアルバムはペッパーの東海岸への旅行の際に、ろくなリハーサルも行わずにほぼぶっつけで行われたという。それぞれ絶頂期を迎えつつあったメンバー全員の中で何かがスパークし、音楽に生命が宿った瞬間があますところなくパッケージされている。

アート・ペッパーは1925年生まれ。このアルバムを録音した頃は身体は既にヘロインに蝕まれており、この後60年代〜70年代半ばまでドラッグ中毒克服治療の入退院を繰り返したという。その後ドラッグを克服しカムバックを果たしたが若き日の絶頂期の姿を取り戻すことはなく1982年に57歳で死去している。
その人生が苦しみに満ちたものだったのか、それはそれなりに幸せだったのかはわからないけれど、プロの音楽家としては、自分なりにきっちり考えて作りこんだレコードよりも一発瞬間芸的なレコードの方が評価され続けるのは癪だったのではないだろうか?それよりももっと良い音楽を演奏できるという執念があったからこそ、ペッパーはドラッグを克服してシーンに戻ってくることが出来たんじゃないだろうか?なんて勝手に想像するのだった。
若き日の一瞬の輝きがその後の人生を苦しめることになる、そんな人生もある。

けれど、こんな素晴らしいレコードが残されたことを僕は感謝したい。
それはこれから先もずっと、ペッパーの輝かしき存在を証明し続けていってくれる。
ペッパーの若き日の一瞬は今もその時のままスピーカーから流れ出て、聴く人を幸せにしてくれている。それはなんて素敵なことだろう、と思う。

Dexter Gordon [Our man in Paris]

Our Man in Paris Our Man in Paris
Dexter Gordon
1963


プロ野球が開幕して2週間。小学生の頃、兄貴と一緒によく球場に連れて行ってもらったものだった。藤井寺球場のバファローズ戦や大阪球場のホークス戦。そんな馴染みから僕はずっとパ・リーグファン。どちらの球場も今はないし、球団も代わってしまったけれど。

ジャズの世界で言えば、マイルス・デイビスやコルトレーン、ソニー・ロリンズが長嶋や王や田淵だとしたら、僕が好きなのは少しB級だけど味のある、パ・リーグのスターのようなプレイヤーたち。例えば…豪快な長打力で三振かホームランかのジャッキー・マクリーンや、小技を効かしたミラクルを連発するドナルド・バード、守備はかっらっきしだめだけどチャンスにはめっぽう強い指名打者みたいなオーネット・コールマン。
僕の中でのデクスター・ゴードンのイメージは、豪快スイングでホームランをかっ飛ばす長打力もあるけれど、ランナーたまっている場面では犠牲フライもきっちり打てる五番打者。頼れる寡黙な打点王。
デクスターのブロウは男らしさを感じさせる。それも、ほんの少し古臭いタイプの、情にもろくて口下手で、けどいざというときは頼りになるような感じの。例えばブレーブスの長池徳士とか、後にヤクルトへ移籍した大杉勝男とか、そんな「昭和の男」のイメージ。
もうそんな男ももうすいぶん少なくなってしまったけれど。

Kenny Dorham [Queit Kenny]

Quiet Kenny Quiet Kenny
Kenny Dorham
1959


不動のエースやホームラン王よりも、7回の裏一死一・二塁で左打者相手にワンポイントでリリーフしてピシャッと抑えて次へ引き継ぐセットアッパーや、打率こそ2割5分そこそこでも三遊間を横っ飛びしてあっという間にゲッツーに仕上げてしまう遊撃手、みたいな小粒でもぴりりと効いたプレイのできる選手が好きだ。村上春樹氏が『ポートレイト・イン・ジャズ』の中でケニー・ドーハムのプレイを小気味良い内野手に例えているのを読んで、あー、なるほど、と自分がドーハムを好きなわけがわかった気がした。
派手でもなく地味でもなく特別特殊なプレイをするわけでもなく、革新性や斬新な解釈もなく、真っ暗闇になるようなブルーズでもなく、まるで日記に綴る呟きや憧れのように淡々と甘酸っぱく、時に儚げなプレイ。ただ自分らしい表現をシンプルに・・・だけを心掛けてるような感じがぐっとくるのです。とりわけMy Idealのリリカルでどこか甘酸っぱい匂いのする、過度にならないそこはかとないセンチメンタルさが好き。トミー・フラナガン(P)の楚々としたプレイがそれに寄り添う。歴史に残るような名盤ではないが、心に響く好盤です。

Dexter Gordon [A Swingin' Affair]

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A Swingin' Affeir
Dextor Gordon
1962

デクスター・ゴードンの代表作といえば「Our man in Paris」か「GO」というのが相場。
このアルバムは、その名盤「GO」と同じメンツ(p:ソニー・クラーク、b:ブッチ・ウォーレン、ds:ビリー・ヒギンズ)で2日後に収録されたセッション、とのこと。どうりでリラックスして気心知れた雰囲気が漂う。技術的に飛び抜けてすごい演奏でもない、解釈の革新性もない、鬼気迫るような情念もない、まるでそこらのバーで演奏しているようなチープさ。
しかし伝わってくるのは、演奏者がこの日のセッションを心地よく楽しんだってこと。演奏の隙間から、メンバーの充実した気持ちがほわっと伝わってくる。「聴き手を楽しませよう」という魂胆見え見えじゃなく「プレイヤー本人がすっかり楽しんでいる」ことが結局聴き手を楽しくさせるのです。
こういうアルバム聴くと、音楽ってやっぱりいいなぁ、って思います。そしてそんなアルバムが数知れず眠るジャズの世界の奥行きの深さに敬礼したくなります。

Paul Desmond [Take Ten]

TAKE TEN TAKE TEN
PAUL DESMOND
1963


デイヴ・ブルーベック・カルテットの超有名曲“Take Five”。優しげな音色のサックスと複雑なリズムが持ち味のこの曲の作者であり、アルトを吹いていたのが、このポール・デスモンド。
1963年録音のこのアルバム。パートナーにギタリストのジム・ホールを迎えて、ブルーベック時代そのままに複雑なリズムの上で舞うように心地よくサックスを吹き鳴らしてくれる。ソフトな音色で伸びやかで優しげな歌、それはまるで春の訪れのように心を弾ませてくれる。
そしてその中にほんの少し混ざる物憂げな表情。後悔や懺悔や怨恨の色調ではなく、さらりとしたアキラメのニュアンス。春の心地よさがいつか終わることを覚悟しているかのような穏やかな絶望感。今がすべてだ的な暑苦しさとも少し違うし、明日は明日の風が吹く的な無頼とも違う。今を今としてその存在を喜び愛でつつ、それもいつか去っていくのもだという無常観。ある種の達観というか、足るを知るの心構えというか、なんか仏教的なニュアンスですかね。

デスモンドは近年こそ再評価されているけれど、暗く陰湿で深刻なサウンドを賛美しがちなジャズ評論家の間では「イージー・リスニング」と蔑まれてきた。あんな軽いサウンドはジャズじゃない、デスモンドの音楽には魂がない、と。
本人は1977年、53歳で癌で亡くなっているけれど、そんな世間の評価とは無縁なところで、やるべきことをやってきた満足感の中でその人生を終えたのだという気がする。

Stan Getz/Joao Gilberto [GETZ/GILBERTO]

Getz/Gilberto Getz/Gilberto
STAN GETZ / JOAO GILBERTO
Verve
1963


春っぽいジャズをもう一枚。
ボサノヴァ・ジャズの名作といわれ、親しまれ続けている「ゲッツ/ジルベルト」。ジョアン・ジウベルトの呟く様な声、その妻アストラッド・ジウベルトの天使のような歌声、アントニオ・カルロス・ジョビンの淡々とした堅実なピアノ、森を抜ける風や押し寄せるさざ波のような心地よいリズム隊。そして歌い上げるスタン・ゲッツのテナー。確かに気持ちのよい作品だ。

このアルバムが録音された1963年、スタン・ゲッツは落ち目だった。50年代クール・テナーの旗手として稲妻のようにジャズ界を駆け抜けたゲッツは、クスリでぼろぼろになっていた。新機軸を求めて1962年にチャーリー・バードと録音したのが『ジャズ・サンバ』。このアルバムからは<デサフィナード>がシングル・カットされ、これがポップ・チャートの上位に進出する。ボサノヴァという新しいムーヴメントがおいしいと思ったゲッツは、じゃあ本場のブラジリアンを招いちゃえ!と。ボサノヴァ側のジョアンたちも、世界進出のステップとしてゲッツの参加を受け入れた。録音までになそんな背景があったのではないかしら。
で、いざレコーディングとなると最悪だったらしい。
ジョアンは、ゲッツのテナーの独特の臭みを嫌悪し、ゲッツはゲッツでボサノヴァの微妙なニュアンスを無視して「俺が主役」とばかりに吹きまくって、ボサノヴァの持つ微妙なニュアンスをかき消してゆく。確かに、ゲッツのテナーは、ぼそぼそと呟くような歌とクールなリズムを趣とするボサノヴァという音楽と調和しているとは言いがたいかもしれない。かといって違和感や不協和音とは少し違うこの絶妙のスタン・ゲッツの浮き加減。個人的には、コシのないそうめんのようなさっぱりしすぎる演奏にコクと脂を添えて歯ごたえを作り出しているように思う。
ボサノヴァファンの中にはこのアルバムをこき下ろす人が多いらしいけれど、それはわかる気がする。そうめん好きにコシや脂が邪魔でしかなくって、コシや脂好きならうどんやラーメンを食えばいいものね。

コンビネーションっていうのは本当に難しい。けど、お互いが自己主張を譲らずにぎりぎりの妥協点を見出す中でそのバランスが絶妙な時には、こんなに素晴らしい作品が生まれることもある。
中途半端に相手に妥協してお互いの出来るレベルのことしかしなければそれなりのものしか生まれない。がっつり向き合ってこそお互いがお互いを光らせる関係が成り立つこともあるのだろう、なんて思ったりする。

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Stan Getz, Joao Gilberto & Astrud Gilberto - "Corcovado"

エレファントカシマシ / 序曲 夢のちまた

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浮世の夢 / エレファントカシマシ
1989


いい天気ののどかな春の一日だった。
河川敷から若者たちの騒いでいる声が聞こえてくる。春ともなれば花も咲くし虫も出る。若者の騒ぎも同じく春の風物か。

今日、検査のため病院へ行ってきた。春爛漫ののどかな陽射しを受けながらその重い扉をくぐれば、いつの季節でも変わらないどこかひんやりした消毒臭い空気が漂っていた。診察室に並んだ医療機器がその空気をより一層無機的にしていた。
検査の結果は幸いにも異常はなく、麻酔と安定剤で少しボンヤリした頭で歩く道すがら、この歌を思い出した。
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世を上げて 
春の景色を語るとき 
暗き自部屋の机上にて
暗くなるまで過ごし行き 
ただ漫然と思いゆく春もある

いい天気だ 
何処へ行こう 
不忍池など楽しかろう
雨になれば 
水も増して 
さぞ水鳥も喜ぶだろう

忘れるだろう
忘れるだろう
今日一日の出来事など
何をなしても 
忘れ行くのみで
忘れてゆくさ 
夢のちまたへ

明日は晴れか
雨になるだろうか
明日こそは町へ繰り出そうか
明日になればわかるだろう
明日も多分生きてるだろう

春の一日が
通り過ぎてゆく
あぁ今日も夢か幻か
夢のちまた

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最初の会社を辞めてから今の仕事に就くまで3年近く無職だった。ニート?いや、自活はしていたからね。そんな人間は当時はプー太郎と呼ばれていたけれど。何かを目指して資格を取ろうとしたとか、そんなんじゃない。ただ、本当に何もしたくなかっただけ。

プーの頃の春は、まさにこの歌のような暮らしだった。余程の用事がない限り外へ出ない。買い物をしたら一日の仕事が終わり。今日は洗濯したから今日の仕事は終わり。テレビ見て居眠り、音楽聴いて居眠り、本読んでギターじゃらじゃらさせて、飽きたので散歩。ご飯食べてまた居眠り。そうやってただ何もしないでぶらぶらしていた。
今日もまた無駄に一日を過ごしてしまった、二度と戻らない若い日を無駄にしてしまった、と少し後悔しながら、世間の若者たちはもっと楽しいことを積極的に探して毎日せっせと働いて毎日せっせと遊んでいるのにこんな無意味で怠惰な暮らしをしていていいのか?と自問自答しながら、それでも毎日ぶらぶらしていた。日雇いや短期間のアルバイトを細々と続けながら、気が向いたらそのままふらりと旅に出たりして、そんな暮らしを3年間続けた。

今でこそ一人前に家庭があって、仕事でもそれなりに責任ある立場を任されているけれど、それはあの頃の無為の時間から得たものがあってこそ、と思っている。少なくとも「あれだけゴロゴロしたから、ちょっとはまともに働いてみてもいいだろう。」という気持ちになれるのはあの頃のお陰だ。

河川敷の若者たちの騒ぎもようやく収まった。
騒ぎたいだけ騒げばいい。そして騒ぎの後の孤独をかみしめればいい。その淋しさに耐えることができたなら、きっと強い大人になれると思う。

エコーズ [Good-bye Gentle Land]

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GOOD-BYE GENTLE LAND / ECHOES
1987


今は中山美穂の旦那として有名な?芥川賞作家・辻仁成が若い頃やってた伝説のバンドとしての認知の方が高くなってしまったTHE ECHOES。
活動期間は1985年から1991年。個人的には大学生から最初の会社を辞める頃と重なる。時代はバブルの絶頂期。暴力的なくらい単調なディスコ・ビートやいわゆるおにゃん子系アイドルソングが氾濫していた、ある意味狂ったような躁状態の時代の中で、「給食のパンを届けに来る 君だけが頼り」なんていじめられっ子の視点の歌を歌うエコーズは、確かに異質だった。

決して大ファンだったというわけではない。
辻氏の書く歌詞は青臭く正直かっこわるい。やたらと夢だの愛だのを叫ぶし、その表現方法も手垢にまみれてたベタベタで稚拙で陳腐なものばかり。音楽の方も、ロックと呼ぶには線が細くアレンジは大げさだ。ライヴなんかではもう少しビシッとタイトに決めていたのかもしれないが、アルバムに残された演奏はどれもオーバー・デコレーション気味。
エコーズを聴いているということは友達誰にも言わなかったと思う。一人でコッソリ聴いていたわけだ。それでも実は解散までの全部のアルバムを持っている。
何がそんなに僕をひきつけたのだろう?
やはり辻氏の書くメッセージの向こう側にある、ポツンとひとりぼっちで取り残された少年の目線でのいらだちや焦燥感や無力感に共鳴したのだと思う。辻氏が愛や夢と歌うとき、そこには最初にすでに挫折やあきらめや断絶がある、例えばこのアルバムのオープニングはこんな風に始まる。

歌や夢や愛がなくても暮らしてゆけるけれど
地下鉄やガソリンがなけりゃぼくらは生きていけない 
いたわりや遠慮がなくてもどうにか転がれるけど
信号や規律がなければ 呼吸さえも出来ない
         <Hello,Again>

それは、歌や夢や愛を求める気持ちの裏返し。傷つき続け騙され続けてきたからもはや素直には信じられない。周りの大人たちを見てあんな大人になりたくはないと思うけれどどうしていいのかわからない。
一見暑苦しい人生応援歌的なポジティブなメッセージはそんな風に追い込まれた果てに吐き出された言葉だからこそ、信用に値するのだと思う。そしてその頃の僕はそんな言葉を必要としていたのだろう。茫洋と横たわる砂漠のような自分の未来を渡ってゆくための手がかりとして。

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The Air
大学なんて行かないでアルバイトしていた
コレクトコールでいつも お金をせびってた
毎日ただ風のように流されてばかり

アルバイトがいつの間にか本職になって
高層ビルの谷間でありんこになった
ポケットベルにいつも追い掛け回されて

Wake up my mind この部屋の空気を
Wake up my mind すぐに取り替えよう
Wake up my mind 明日に回さずに今 窒息しそうだ

守りに入ったボクサー まぐれでも勝てない
自慢ばかりしていたら 一人に戻った
空をたくさんの雲が流れてゆく

Wake up my mind この部屋の空気を
Wake up my mind すぐに取り替えよう
Wake up my mind 明日に回さずに今 窒息しそうだ

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GENTLE LAND
JACK

アンジー / 幸運(ラッキー)

ANGIE SUPER BEST ANGIE SUPER BEST
アンジー
1987



いっぱい空から天使が落ちてきた朝は
絶対なんでもかんでもうまくやれるさ

そこで震えてるよりも前に
堅く閉じた窓を開いて
さあ飛んでみようじゃないか

飛ぼうと思えば僕らきっと飛べるんだ

君の部屋の窓の外
転がってるさ ラッキー
君の部屋の窓の外
転がってるさ ラッキー

でっかい海から人魚が躍り出た夜は
絶対どんなに遠くの町でも行けるさ

泣きながら家を出るのは
追いこまれたときじゃなくて
恵まれた今しかないんだ

そっと静かに窓から這い出しておいで

君の目指している場所に
転がっているさ ラッキー
君の目指している場所に
転がっているさ ラッキー

きっと君は何もかも
うまくやれるさ ラッキー
きっと君は何もかも
うまくやれるさ ラッキー

やっぱり僕ら迷ってちゃダメさ
ラッキー

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amazonをうろうろしてたら、アンジーのベスト盤がリリースされていることを知りつい買ってしまった。エコーズとともに、誰ともその気持ちを共有しないままひとりでひっそり聴いていたバンドのひとつ。
もう何年もアンジーなんてバンド名すら忘れていたのに。録音したカセットテープも何本か持ってたはずだけどいつのまにかどっかいってしまってた。
ストレートなビートの、パンクというよりはTheWho〜TheJam直系の轟音+メルヘンチックな歌詞のミスマッチ的な取り合わせ。どこか気弱で意気地なしの視点からの歌詞の世界に共感を覚えつつ、ひとりのときにこっそり聴いていた。
好きな歌はいくつもあったけど、中でもこの「幸運(ラッキー)」、大好きだったなぁ。
不幸なことや悲しいことをも「ラッキー」と言い切ってしまう、ヘラヘラした笑顔のふにゃふにゃした歌。全く根拠のない、一見能天気過ぎるほどのポジティヴさ。でもその向こう側には、泣きたいくらいの「信じたい気持ち」、信じなければ崩れてしまいそうな無力感が漂っている。
目指している場所へ転がっていこうとするから人生は苦難に満ちてしまうのかもしれない。転がっていく方向が、目指している場所なんだと思えばいい。

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♪銀の腕時計  アンジー

尾崎 豊 [十七歳の地図]

十七歳の地図 十七歳の地図
尾崎豊
1984


尾崎豊の名前をを初めて聞いたのは高校2年生のときだった。僕よりも1学年上。音楽雑誌の広告か何かで、その同世代のロッカーがデビューすることを知った。甲斐よしひろのオールナイトニッポンかなんかで「15の夜」を聴いてアルバムを手に取った。そこに収められていたのは、スプリングスティーンやジャクソン・ブラウンばりのアレンジのロックに乗せた、大人社会への怒りや失望やいらだち、自分の存在についての問いかけと不安と決意。そんな17歳なりの意見表明。
ぱっとしない毎日の中で、将来への不安や自分の存在について思い悩んでばかりだったあの年頃、尾崎の歌う気持ちはまるで自分のための歌であるかのように共感したし、メッセージはまっすぐに突き刺さってきた。
例えばアルバムの一曲目に収められた「街の風景」。

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街の風に引き裂かれて舞い上がった夢クズが
路上の隅で寒さに震えもみ消されてく
建ち並ぶビルの中 ちっぽけなおいらさ
のしかかる虚像の中で心奪われている
あてどない毎日をまるで野良犬みたいに
愛に飢え心は乾き ふらつき回るよ
灰色の壁の上書きなぐった気持ちは
それぞれの在り方の虚しさに震えているんだ

追い立てられる街の中 アスファルトに耳を当て
雑踏の下埋もれてる歌を見つけ出したい
空っぽの明日に向けて投げてやるさ
誰もが眠りに就く前に
心のハーモニー奏でよう
ガラス作りの歌奏でよう
無限の色を散りばめた街の風景

黙ってておくれよ 理屈なんていらない
甘えだと笑うのもよく分かったから
無意味のような生き方 金のためじゃなく
夢のため愛のためそんなものに懸けてみるさ

追い立てられる街の中 目くるめく日の中で
思い思いに描いてく 歌い続け演じ続け
人生はキャンバスさ 人生は五線紙さ 
人生は時を演じる舞台さ
心のハーモニー奏でよう
ガラス作りの歌奏でよう
無限の色を散りばめた街の風景

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青いね。青い。表現も拙いし曲のアレンジだってしょぼいし。
けど、当時は「自分と同じ思いの奴がいる」ということが大きな励ましになったのだ。ずいぶん口ずさんだのだろう、このアルバムの曲は実は全部空で歌えてしまう。

尾崎はその後、「卒業」以降あっという間にカリスマになり、僕は僕でもっと刺激的でもっと深い表現の世界を発見し、尾崎豊のことなんて忘れていた。

更に時は過ぎ、尾崎はクスリにはまって刑期を勤めた後、はい上がろうともがく途上の1992年、わずか26歳でこの世を去った。
死後も尾崎の音楽は半ば伝説化され、あの年頃の少年少女たちのバイブルに成り得ているけれど、もちろんそんなことは僕に何の興味ももたらさない。
カリスマ的な誰かに救いを求めるのはあの年頃特有のワナだ。本当は誰もが自分で自分の答えを出さなきゃいけない。誰かの出した答えにすがってはいけないんだよ。尾崎はそのことをわかっていながら、彼らの期待を背負いすぎて自分で自分を苦しめていったのだと思う。彼が死ぬことで結果的に伝説は完結してしまった。

ねぇ、あんたは生き延びなきゃいけなかったよ。絶対に、あんな死に方をするべきではなかった。あの頃のレコードに込められた気持ちを抱いたまま大人になったあんたが、どんな歌をどんなふうに歌うのかを聴かせてほしかったよ。

                4/25 尾崎豊氏 命日に

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尾崎豊 − 十七歳の地図

渡辺美里 / My Revolution

myrevolution.jpg

My Revolution
渡辺美里
1986

My Revolution
さよなら Sweet Pain
頬づえついていた夜は昨日で終わるよ
確かめたい
君に逢えた意味を 暗闇の中
目を 開 い て
非常階段 急ぐ靴音
眠る世界に 響かせたい
空地のすみに 倒れたバイク
壁の落書き 見上げてるよ
きっと本当の悲しみなんて
自分ひとりで癒やすも の さ

わかり始めた My Revolution
明日を乱すことさ
誰かに伝えたいよ
My Tears My Dreams 今すぐ
夢を追いかけるなら
たやすく泣いちゃだめさ
君が教えてくれた
My Tears My Dreams 走り出せる

感じて Heart Ache
笑顔が多いほど ひとりの夜がつらいね
わけあいたい
教科書のすき間に書いてた言葉
動き出すよ
ホームシックの恋人たちは
ユーモアだけを信じている
交差点ではかけ出すけれど
手を振る時はキュンとくるね
たったひとりを感じる強さ
のがしたくない 街の中で

求めていたい My Revolution
明日を変えることさ
誰かに伝えたいよ
My Tears My Dreams 今すぐ
自分だけの生き方 誰にも決められない
君と見つめていたい
My Tears My Dreams 抱きしめたい

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尾崎の次に出てきた同世代アーティストといえば渡辺美里。1966年生まれだから同級生だ。
1986年。19歳だった。輝かしい青春の日々、なんて到底言える様な日々ではなかったけれど、まだまだ何かがこれから始まっていくんだ、という気がしていた。それを希望と呼んでよかったのかどうかはわからないけれど。
そんな日々の中で、渡辺美里の“My Revolution”は、まるで閉ざされた部屋のカーテンをサッと開けるように、僕の心の中に緑の匂いのする風を吹き込ませてくれたのだ。
40歳になった今でも、この曲が運んでくれる緑色の風は変わらない。
人生はどんどん厳しくなっていくけれど、一方で実り豊かにもなってゆく。
タフにならなくちゃ。

Free / All Right Now

Fire and WaterFire and Water
Free



「ロック・バンド」と聞いて想像するイメージって?
髪が長くてふてぶてしくて、クールでワイルドで、グルーピーはべらかせて、酒と煙草とドラッグやって、メンバー同士仲が悪くて、みたいな。僕の中でそんなイメージに一番近いのがFREEというバンドだ。

無職だった頃、少しだけロックバンドで歌っていた。
大学浪人で田舎から出てきてそのままプー太郎になった、ストーンズからR&Bに傾倒していたギタリスト。もう一人のギタリストはAC/DCのアンガス・ヤングみたいなハードロック小僧で、司法試験浪人中。タイトでジャストで重い音を叩き出すドラマーは一流商社の営業マンで、チョッパーが得意なベーシストは唯一の家庭持ち。片方のギタリストと遊びで弾き語りを演っていた僕が誘われて、そんな4人のセッションバンドに参加したのだった。育ちも音楽の志向もばらばらの5人だったから、その微妙なバランスがうまく混ざり合った時には絶妙の音を出したし、それぞれが勝手な自己主張をはじめたときは、てんでばらばらで何がやりたいのかさっぱりわからないバンドだった。
そして、そんなばらばらのメンバーが全員「かっこいい」と一致したのがFREEだった。

1970年、20歳そこそこの悪ガキが、当時一番ワルっぽくて粋な音楽だったブルース・ロックを、めいっぱいかっこつけて演ってる。ポール・ロジャースのソウルフルなヴォーカル。ポール・コソフの地味渋、時々クレイジーなギター。アンディ・フレイザーの腰からうねるようなファンキーなベース。サイモン・カークのタイトなドラム。みんながみんな「自分が一番最高!」と思って演奏している様がありありと浮かんでくる、自己主張の激しい演奏。エゴとエゴのぶつかりあい。
勝手な想像ではあるけれど、おそらくメンバー同士の仲は悪かったに違いない。喧嘩ばっかりしてたんじゃないだろうか。お互いがお互いのセンスを認め合いつつ、それでも自分が一番と譲らずにエゴをぶつけあう。全員が譲らずに勝負を挑むからこそ、そのとき何かがスパークする。その奇跡的なバランスの中で生み出された、クールでワイルドでエモーショナルで頑強な、最高にかっこいい音楽。

僕らのバンドもそれぞれに問題を抱えていた。僕はドラマーと折り合いがうまくいかなかった。泥臭い僕の歌は彼の好みではなかったし、僕は僕で奴の上手さを尊敬しつつ、歌の流れを無視して叩くその強引でわがままなそのリズムさばきに困惑していた。けれど、結局のところ僕たちは、ぶつかりあわないまま譲り合ってしまっていたのだと思う。僕は、自分の技術や自信のなさに逃げ込んで真っ向から勝負しなかった。だから僕たちのバンドはスパークしなかったのだと、今になって思う。
別にそのことを後悔しているわけではない。大事なことはいつも後になってわかるものなのかもしれない、なんて少し感傷にふけってみただけのこと。
そんなことは置いといて、FREEのファンキーな演奏を聴こう。
All Right Now!

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♪All Right Now
There she stood in the street
Smiling from her head to her feet
I said "Hey, what is this"
Now baby, maybe she's in need of a kiss
I said " Hey, what's your name baby"
maybe we can see things the same
Now don't you wait or hesitate
Let's move before they raise the parking rent

All right now baby, it's all right now
All right now baby, it's all right now

I took her home to my place
Watching ev'ry move on her face
She said " Look, what's your game baby
are you tryin' to put me in shame?"
I said " slow don't go so fast,
don't you think that love can last?"
She said " Love, Lord above,
now you're tryin' to trick me in love"

All right now baby, it's all right now
all right now baby, it's all right now

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彼女は通りに立っていた
つま先から頭のてっぺんまで微笑をちりばめて
なんてこったい
彼女はきっとキスを求めてる
「名前は何?」
多分俺たち相性バッチリだぜ
待ちわびたりり躊躇したりしないで
奴等が駐車料金を値上げする前にさ
動き出すんだ
もう大丈夫だぜ
最高にいい感じ

彼女は俺の心に居ついてしまったんだ
彼女のありとあらゆる表情を眺めてる
「あなたって、あたしに恥をかかせて楽しんでるんだわ。」
「まぁ、あわてるなよ。この恋はずっと続いていくんだと思わないか?」
「あぁ神様、あたしをこの恋に陥れようと企んでるのね。」

もう大丈夫だぜ
最高にいい感じ
もう大丈夫だぜ
最高にいい感じ

The Kinks / Holiday

Muswell Hillbillies Muswell Hillbillies
The Kinks
1973


♪Holiday
Holiday,
Oh what a lovely day today,
I'm so glad they sent me away,
To have a little holiday today, holiday,
Holiday,
And I'm just standing on the end of a pier,
Hoping and dreaming you were here,
To share my little holiday,

Lookin' in the sky, for a gap in the clouds,
Sometimes I think that sun ain't never coming out,
But I'd rather be here than in that dirty old town,
I had to leave the city cos it broke me down,

Oh holiday, oh what a lovely day today,
I think I'll get down on my little knees and pray, thank you Lord,
Thank heaven for this holiday, holiday,
I'm leaving insecurity behind me,
The environmental pressures got me down,
I don't need no sedatives to pull me round,
I don't need no sleeping pills to help me sleep sound,

Oh holiday,
Oh what a lovely day today,
I think I'll get down on my knees and pray,
That's what I'll do,
Thank heaven for this holiday,

Lying on the beach with my back burned rare,
And the salt gets in my blisters and the sand gets in my hair,
And the sea's an open sewer,
But I really couldn't care,
I'm breathing through my mouth so I don't have to sniff the air,

Oh holiday,
Oh what a lovely day today,
I'm so glad they sent me away,
To have a little holiday.

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今日は休日
なんて愛しい一日
こんな素敵な一日をくれたことに感謝しよう
埠頭に突っ立って
君がここにいてくれたらなぁって思う
この素敵な休日を共に過ごせたらなぁ、ってね

空を見上げて
雲の切れ間を眺めていると
二度とお日様が顔を出さないんじゃないかって思うけど
薄汚れた街にいるよりはここのほうがよっぽど良い
街の暮らしは僕を粉々にしてしまうからさ

今日は休日
なんて愛しい一日
ひざまづいて神に感謝を捧げよう
天国にこの日を感謝しよう
僕は不安を感じながら
肩の荷を降ろすように解放される
鎮静剤も睡眠薬も今は要らない

今日は休日
なんて愛しい一日
ひざまづいて神に感謝を捧げよう
天国にこの日を感謝しよう
浜に寝そべって背中を焼いたら
水泡に塩がしみるわ、髪に砂は入るわ
海なんてまるで下水道
けど、本当のところ何も気にしちゃいない
大きく深呼吸ができるもの
臭い空気をかがなくて済むし

今日は休日
なんて愛しい一日
僕を追い出した
彼らに感謝しよう
今日は休日

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ゴールデンウィーク。
初夏の兆しを感じるよく晴れた休日。
キンクスのレコードでも聴きながら、紅茶でも飲んでのんびりしていよう。
曲はHOLIDAY。
都会の暮らしから逃れてリゾート地へ言った歌…に見せかけつつ、よくよくよく読むと、どうやら仕事を首になって永遠の休暇を頂いたことへの皮肉?とも読める歌詞。英国人らしい、そしてレイ・デイヴィスらしいユーモアです。

The Pretenders / Middle of the Road

Learning to Crawl Learning to Crawl
The Pretenders
1983


イギリスのポスト・パンク・ムーブメントの中で1979年にデビューしたザ・プリテンダーズ。率いるクリッシー・ハインドは、実はアメリカ・オハイオ州生まれで、23歳の時にイギリスに渡り音楽雑誌のライターをやっていたのは有名な話。その音楽は、まるで60年代のスモール・フェイセズやキンクスばりのシンプルでシャープなロックンロール。ギターを抱えて時にクールに時にワイルドにシャウトするクリッシー・ハインドの姿はまさに“姉御”って感じで、女を売りにしたなよなよしたセクシーさなんて微塵もない、シャープできりっとして活きの良いかっこよさが魅力的だった。
ファーストアルバム、セカンドアルバム共に大ヒットして一気にスターにのしあがり、さらにクリッシーは、彼女自身の長年のアイドルでもあるキンクスのレイ・デイヴィスと結婚。まるで絵に描いたようなDreams Come Trueなサクセス・ストーリィーだった。
ところが幸福の絶頂はそう長続きはしない。1982年、ドラッグ中毒のベーシストをクビにした翌日、以前クリッシーが付き合っていたというギタリストがドラッグの過剰摂取により死亡。レイとクリッシーも離婚する。

そんなごたごたと解散の危機を乗り越えて翌年に発表された3枚目のアルバムのタイトルは『Learning to Crawl』=「這い進むことを覚えているところ」。自分の子供がはいはいするのを見て、自分も今からもう一度、はいつくばるように進んでいくんだ、という決意を込めてこのタイトルをつけたのだと思う。
そしてエネルギッシュなロックンロールの一曲目、「Middle of the Road」。
オープニングのドラムからもう鳥肌立つくらいかっこいいこのアルバム。乾いた音のタイトなギター。そしてクリッシーのドスのきいたシャウトにぞくぞくしてしまう。初めて聴いた高校生の頃から、今聴いても変わらない、奇をてらわないオーソドックなかっこよさのシンプルなロックンロールだ。
シャープでソリッドな演奏から、こんなところでへこたれてたまるか、という強い意志が漲っている。メンバーの死も別れをもプラスのエネルギーにして突き進んでゆく潔さ。その凛とした、ある種のたくましさすら感じる姿は、本当にかっこいい。
こんな場面では多分、男の方がめそめそするんじゃないかと思う。クリッシーは当時を振り返って「とにかくバンドを維持することしか頭になかった。私には音楽しかなかったのよ。」というようなことをどこかのインタビューで言っていた。女の人の切り替えの早さというか、思いを貫くときのしたたかさ、何かを実現させたい時の女の人のタフさにはやはり敵わない。そしてそんな時に女の人が見せるかっこよさは、なよなよした女っぽさを売りにするようなわざとらしいセクシーさよりも何十倍も艶っぽいと思う。

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♪Middle Of The Road
The middle of the road is trying to find me
I'm standing in the middle of life with my plans behind me
Well I got a smile for everyone I meet
As long as you don't try dragging my bay
Or dropping the bomb on my street

Now come on baby
Get in the road
Oh come on now
In the middle of the road, yeah

In the middle of the road you see the darndest things
Like fat guys driving 'round in jeeps through the city
Wearing big diamond rings and silk suits
Past corrugated tin shacks full up with kids
Oh man I don't mean a hampstead nursery
When you own a big chunk of the bloody third world
The babies just come with the scenery

Oh come on baby
Get in the road
Oh come on now
In the middle of the road, yeah

One...two...three...four...

The middle of the road is no private cul-de-sac
I can't get from the cab to the curb
Without some little jerk on my back
Don't harass me, can't you tell
I'm going home, I'm tired as hell
I'm not the cat I used to be
I got a kid, I'm thirty-three

Baby, get in the road
Come on now
In the middle of the road
Yeah

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道の真ん中で
あたしを見つけてよ
ある計画を隠し持って道の真ん中で突っ立っている
誰もがあたしに笑顔で近寄ってくるけれど
あたしを勝手に枠にはめて期待しないでほしいの
そうするのならばあたしは爆弾を落とすわ

さぁ、おいで 路上に下りて来て
道の真ん中で

道の途中では
暗いものもたくさん目にしてきたわ
ジープで街路をうろつきまわる太った男たち
大きなダイヤの指輪とシルクのドレスで決め込んだ女
波打ったトタン屋根の家に押し込められた子供たち
血まみれの第三世界が膨れ上がる中で
子供たちは何も知らずに生まれてくるけれど
あたしには何もできることがない

さぁ、おいで 路上に下りて来て
道の真ん中で

道の真ん中では
身を隠せる袋小路がみつからない
背中に痙攣ができるまで
カーブを曲がってくるタクシーを捕まえることができないの
あたしを悩ませるようなことを言わないで
家に帰りたいの
地獄みたいに疲れてるのよ
あたしは都合のいい猫じゃないの
子供もいる33歳の女

さぁ、おいで 路上に下りて来て
道の真ん中で

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Greatest Hits Greatest Hits
The Pretenders


The Pretenders-Back on the Chain Gang

The Pretenders / I Remember You

Get CloseGet Close
Pretenders



1986年発表のプリテンダーズ4枚目。
シャープでワイルドなロックンロールだった3作目のあと、クリッシーは7歳年下のシンプルマインズのジム・カーと結婚し第二子を出産。
最近このアルバムの中の“Don't get me wrong”がCMで使われてたけど、前作とはうってかわって、女性的なふくよかさや優しさをイメージさせる柔らかいソウルマナーなサウンドに変化したのは、そんな充実した私生活の影響だろうか。こだわっていたバンドもメンバーを一新してしまいDsのブレア・カニンガム、B:T.M.スティーブンス、Key:バーニー・ウォーレルなど、スタジオミュージシャンではないけれど、名うての面子を揃えて、今までのロックバンド然とした姿は消えている。どちらかというとクリッシーのソロみたいな感じだけど、今出したい音を出すにはこのメンバーが必要だったのだろう。
もちろん「アンタの魂をいくらで売りさばいたの?」なんて迫る“How much did you get your soul”みたいな硬派なクリッシー節も健在だけど、泣く子も黙る姉御ロッカー・クリッシーのつっぱった側面は影を潜め、、“When I Chenge My Life”や“My baby”のように、女性として、母親としての女っぽさが強く出た音作りになっている。

地味だけれどぐっとくるのは、別れたレイ・デイヴィスとのことを歌ったと思しき“I remember you”。
女っぽさなんて普段微塵も見せない女性のふとした仕草の中に、普段は見せない女の表情が垣間見えてドキッとしてしまうような。

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I remember you
I remember the first time we met
I may be a sentimental fool
Forever in your debt
For something I cannat forget
I remember you

I remember the first time we spoke
The sound of your voice like a lover’s tongue
Got in my ear when I’d just begun To wonder
if springtime was through
I remember you

How do we change so easily?
You’ll always be a part of me
I thought you’d never go
It shows you what I know

I remember the first time we slept
What a surprise to wake up to
Someone I hardly knew
From a sleep to a dream come true
I remember you

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あなたのこと思い出してたの
あたしたちが初めて出会ったときのこと
ちょっと寂しかったのかもね
あなたとずっといっしょだと思ってた
けど忘れてしまうものなのね
あなたのこと思い出してたの

あなたと初めて言葉を交わしたとき
あなたの声はまるで恋人たちのささやきのように
あたしの耳にまとわりついてたの
春はまだ終わってなかったことに
あのとき気がついたのよ
あなたのこと思い出してたの

どうしてあんなに簡単に私たち変わってしまったのかしら
あなたはずっとあたしの一部分だから
あなたはどこへも去りはしないのよ
わかるでしょ

あなたと最初に眠ったときのこと
決してこんなふうになるなんて思いもしなかったあなたが
目覚めて隣にいた時のあの気持ち
夢が叶った気分だったわ
あなたのこと思い出してたの

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プロフィール

Author:goldenblue
**************

音楽から人生へのいろんな示唆を受けてきた。音楽から得たインフルエンスやインスピレーションを通じて人生の機微を語ってみたいと思った。もっとも、文章で語れない想いだからこそ音楽で表現するのであるからして、到底うまく語ることなどできっこなかったのですが。

『音楽と人生に関する一考察』は
2008年3月にて
一旦完結しました。

2008年4月より
『日々の糧と回心の契機』へ

**************

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