Dr.Feelgood [Down by the Jetty]
![]() | Down by the Jetty Dr.Feelgood 1975 |
♪All Through The City
Stand and watch the towers burning at the break of day
Steadily slowing down, been on my feet since yesterday
Gotta get a move on tryin´ to find a man i know
Money in my pocket, looking for a place to go
I've been searching all through the city
See you in the morning down by the jetty
Streets are full of signs, arrows pointing everywhere
Parks are full of people trying to get a breath of air
Listen to the weatherman praying for a drop of rain
Look into the sky, the sky is full of aeroplanes
I've been searching all through the city
See you in the morning down by the jetty
Walking in the main drag pass the afternoon away
The sun is going down, the streets are still as bright as day
See the shiny cars driving round detecting crime
Hear the sirens wail, the cops are only killing time
I've been searching all through the city
See you in the morning down by the jetty
I've been searching all through the city
See you in the morning down by the jetty
I've been searching all through the city
See you in the morning down by the jetty
I've been searching, i've been a searching for you
(to fade)
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夜明けに突っ立って
塔が燃え上がるのを見ていたんだ
着実に、ゆっくりとだが、昨日よりも一歩先へ来た
人として知るべきことを知ろうと
トライしてきたし、金も稼いだ
そしてたどり着くべき場所を探してる
探し続ける 街の中うろついてた朝に
突堤の下でおまえに出会ったんだ
街路は看板で溢れてる
どれもこれもが「ここだ」って指差してる
公園は、深呼吸する人々で大混雑
天気予報士の雨乞いの祈りを聞いてみな
空を見上げりゃ飛行機が大渋滞
探し続ける 街の中うろついてた朝に
突堤の下でおまえに出会ったんだ
薬を抜くために散歩してた午後
日が沈んでも街路はまるで日中のように明るく
ごらん、パトカーが行くよ
サイレンを鳴らして
ポリ公のお遊びの時間が始まった
探し続ける 街の中うろついてた朝に
突堤の下でおまえに出会ったんだ
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パンク前夜のシンプルでランブルな最高にかっこいいロックンロールバンドといえば、忘れちゃいけないDr.フィールグッド。
ツェッペリンやディープ・パープルといったハードロックや、クイーンや数多のプログレバンドみたいに、或いはクイーンにしろデヴィッド・ボウイにしろ、ロックが派手に、大げさに、複雑に、難解に進化していった行った時代に、まるで60年代初期のストーンズみたいなブルースをベースにしたシンプルである意味地味なロックンロールをプレイしていたバンド。時代の流れとはまるで無関係に、地下室でナイフを研ぎ澄ますように、シャープでギラリと輝くロックンロールを。
ギタリストのウィルコ・ジョンソンは、ガチャガチャとギターをピックなしでかき鳴らす。歯切れの良い切れ味の無骨で泥臭いカッティング主体で、華麗なフレーズなんてまるでない。ハードロック全盛の時代にそんなウィルコのギターは、おそらく嘲笑の対象でしかなかったのではないかと思う。けれど、そのある種原始的ですらある弾き方から繰り出されるリフは、病み付きになるような独特の味わいがある。例えて言えば、決してコンピューターや機械では肩代わりできない中小企業の工場の職人が作り出す緻密な製品みたいな、泥臭さとうか、人間臭さというか、体温というか。
1975年に嘲笑された音楽が30年後にもまだ呼吸をしている一方で、その当時もてはやされた音楽は今やかび臭くなってしまった。そんな風に、評価なんてものは時代によって変わっていくものだ。
だからこそ、時代に惑わされず、自分のやり方、自分の信念を貫いて、他の誰にもできない色と味を作り出す、そんな職人みたいな仕事師に憧れてしまうのだ。
Paul Simon / American Tune
![]() | The Essential Paul Simon Paul Simon 2007 |
7月4日はアメリカ建国記念日。
1976年。世の中は「アメリカ建国200周年」とやたら盛り上がっていた。僕は小学校3年生だったのだけれど、なんだかよくわからないなりに、世の中がバカみたいに明るくにぎやかなお祭り騒ぎ、いわゆる「躁状態」−そんな言葉はもちろん当時知らなかったけれど−だったのを覚えている。
その頃、時代は大きく変わろうとしていたのだと思う。
家の前の田んぼが埋まって駐車場になった。よく遊んだ溜め池も埋め立てられて道路が走った。僕の住んでいた田舎町にもショッピングセンターができ、外食チェーン店ができた。何より、6つ離れた弟の着ている服が明らかに僕や兄貴の同じ年のころと違っておしゃれだった。
何もかもが便利で快適になっていくのが当たり前だと思っていた。
僕は小学生だったからそれが当然のように思っていたけれど、今思えば世の中全体がそんな風に、日々便利で快適なっていくのが当たり前で、古くなっていくものには価値がないと思っていたようなふしがあった。なんとなくだけれど、「アメリカには素晴らしいものがたくさんあって、自由で幸せで豊かな暮らしがあって」と誰もが思っていたようだった。
ポール・サイモンが歌うのは、そんな躁状態のアメリカや、日本から見た憧れのアメリカとはまるで違う、懺悔と絶望のアメリカ。
こんな歌だ。
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♪American Tune
Many's the time I've been mistaken
And many times confused
Yes, and I've often felt forsaken
And certainly misused
Oh, but I'm alright, I'm alright
I'm just weary to my bones
Still, you don't expect to be
Bright and bon vivant
So far a-way from home, so far away from home
And I don't know a soul who's not been battered
I don't have a friend who feels at ease
I don't know a dream that's not been shattered
or driven to its knees
but it's alright, it's alright
for we lived so well so long
Still, when I think of the
road we're traveling on
I wonder what's gone wrong
I can't help it, I wonder what has gone wrong
And I dreamed I was dying
I dreamed that my soul rose unexpectedly
And looking back down at me
Smiled reassuringly
And I dreamed I was flying
And high up above my eyes could clearly see
The Statue of Liberty
Sailing away to sea
And I dreamed I was flying
We come on the ship they call the Mayflower
We come on the ship that sailed the moon
We come in the a-ge's most uncertain hours
and sing an American tune
Oh, and it's alright, it's alright, it's alright
You can't be forever blessed
Still, tomorrow's going to be another working day
And I'm trying to get some rest
That's all I'm trying to get some rest
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何度も何度も失敗して何度も何度も混乱し、もう何度も何度も二度とやるまいと心に誓う。
けどまた確実にへまをやらかしてしまうのだ。
でもまぁいいさ、もういいんだよ。
僕は骨の髄までくたばっているんだ。
今までのように陽気な美食家でありたいなんて望んではいけない。
故郷からこんなに遠く離れてしまった。
こんな遠くまで来てしまったんだよ。
打ちのめされることのない魂があるのかどうかは僕にはわからない。
打ち解けた友達もいない。
どうしても心の中から締め出す事の出来ない夢、あるいは跪かずにはおれない夢ってものがあるのかどうかも僕にはわからない。
けどまぁいいさ。もういいんだよ。
僕らずいぶん長い間うまいことやってこれたじゃないか。
ただ、これから先のことを考えるとね、
うまくは行かないだろうね。
どうすることもできないけど、うまくは行かない気がするんだよ。
死んでしまうことを夢見たこともある。
魂が思いがけず高揚する夢も見たことがある。
振り返って、僕を安心させるように微笑んでほしい。
それから空を飛ぶことも夢に見た。
自由の女神が僕の目線よりも高く、はっきり見える。
海の彼方へ。
空を飛ぶこと。
夢に見た。
僕らはメイフラワー号と呼ばれる舟に乗ってやってきた。
月まで行ける舟に乗ってやってきた。
はっきりしない時代へやってきて、アメリカの歌を歌っている。
でもまぁいいさ、もういいんだよ。
もう二度と溜息をつくことは許されない。
昨日はただの一日に変わってしまい、
僕は安らぎを手に入れようとしている?
僕は安らぎがほしいだけなのさ・・・
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ほとんどは孤独な男の絶望の呟きで占められたこの歌。
けれど、それが3番になって、個人の思いではなくアメリカという国に当てた歌だったことがわかる持っていき方の巧みさ。ポール・サイモンがアメリカという国に寄せたペシミスティックな視点。
明るく楽しく夢に溢れているように見えたアメリカは、その頃既にこんな孤独感に蝕まれていたようだ。
そして、アメリカが世界中に輸出した「自由と快適な暮らし」の果てに、誰もがこんな感情を親しく感じる時代がやってきてしまった。
そして残念ながら、僕らはそれでも「自由と快適」をもはや捨てることができないでいる。
Bruce Springsteen [the Wild,the Innocent & the E Street Shuffle]
![]() | The Wild, the Innocent & the E Street Shuffle Bruce Springsteen 1973 |
レコードについている解説のほとんどはクズみたいな文章だ。ほとんどは、〆切に追われて義務的に書いた売り文句の羅列だから。
けど、時々、はっとさせられる文章に出会うこともある。例えばこのスプリングスティーンのセカンド、北山耕平氏が1975年に書いた文章の一行。
「僕がブルース・スプリングスティーンを好きなふたつめの理由は、彼が一人でいることを知っているからなんだ。一人でいることを知っていることは、とっても大切なことだ。でも、人を愛さないというんじゃない。ちゃんと愛するんだ。でも、ひとりでいる。そしてすべてを信じているんだ。」
一人でいること。独立した存在であること。いろんなしがらみはあるにせよ最終的には自由でいること。そして、だからこそ何かを愛したり追い求めたりしてしまうこと。
男でも女でも、僕が信頼してつき合えるのは、そんな人たちだ。
このアルバムに込められた若き日の、名も無く貧しく、地をはうような情熱だけがたったひとつの武器だった頃のスプリングスティーン。
アルバムに込められた7つの裏通りから切り取られたたわいもない物語の中でスプリングスティーンは、無邪気に女の子を口説いたり、悪友とつるんで悪さしたり、喧嘩したりしながら、己の心のありかを必死でつかみとろうとしている。
スプリングスティーンも、僕たちも、そんなやんちゃなストラッグリン中から打ちのめされたり舞い上がったり葛藤したり泣きはらしたりしながら、己の心のありかを自分で見つけてきた。
一人でいることの大切さを知っているかどうかって、そういう心のぶつかりあいをしたことがあるかどうかだと思う。
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♪4th Of July, Asbury Park (Sandy)
Sandy the fireworks are hailin' over Little Eden tonight
Forcin' a light into all those stoned-out faces left stranded on this Fourth of July
Down in town the circuit's full with switchblade lovers so fast so shiny so sharp
As the wizards play down on Pinball Way on the boardwalk way past dark
And the boys from the casino dance with their shirts open like Latin lovers along the shore
Chasin' all them silly New York girls
Sandy the aurora is risin' behind us
The pier lights our carnival life forever
Love me tonight for I may never see you again
Hey Sandy girl
Now the greasers they tramp the streets or get busted for trying to sleep on the beach all night
Them boys in their spiked high heels ah Sandy their skins are so white
And me I just got tired of hangin' in them dusty arcades bangin' them pleasure machines
Chasin' the factory girls underneath the boardwalk where they promise to unsnap their jeans
And you know that tilt-a-whirl down on the south beach drag
I got on it last night and my shirt got caught
And that Joey kept me spinnin' I didn't think I'd ever get off
Oh Sandy the aurora is risin' behind us
The pier lights our carnival life on the water
Runnin' down the beach at night with my boss's daughter
Well he ain't my boss no more Sandy
Sandy the angels have lost their desire for us
I spoke to 'em just last night and they said they won't set themselves on fire for us anymore
Every summer when the weather gets hot they ride that road down from heaven on their Harleys they come and they go
And you can see 'em dressed like stars in all the cheap little seashore bars parked making love with their babies out on the Kokomo
Well the cops finally busted Madame Marie for tellin' fortunes better than they do
This boardwalk life for me is through
You know you ought to quit this scene too
Sandy the aurora's rising behind us
The pier lights our carnival life forever
Oh love me tonight and I promise I'll love you forever
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サンディ、今夜リトルエデンに花火が打ち上げられて
7月4日の夜、誰もが固まった顔して光を眺めてる
ダウンタウンには飛び出しナイフみたいに輝き尖った恋人たちが
ピンボールの魔術師みたいに大通りを闊歩する
カジノで踊る少年たちはラテンの色男みたいにシャツの胸を開いて
ニューヨークの女の子たちを追い掛け回してる
サンディ、オーロラが昇ってゆくよ
桟橋の灯り 永遠に続くカーニバルのような日々
今夜俺を愛してほしい
二度と今のおまえには会えないような気がするから
ねぇ、サンディ
街のチンピラは踵に鋲を打った奴等に砂浜の上で打ちのめされてしまってる
サンディ、奴等の肌は白すぎる
俺はそんな汚れたアーケードにぶら下がったりゲームマシンをぶちのめしたりボードウォークの下で工場の女の子たちを追っかけまわすような暮らしに疲れてしまったんだ
・・・
サンディ、オーロラが昇ってゆくよ
桟橋の灯り 永遠に続くカーニバルのような日々
今夜俺を愛してほしい
そして永遠におまえを愛していくと約束するよ
ねぇ、サンディ
佐野元春 [Coyote]
![]() | COYOTE 佐野元春 2007 |
♪荒地の何処かで
朝焼けに浮かぶこの街に
気持ちのいい風が吹いている
眠たげな太陽
燃え尽きるまで
がらにもないブルースを
口ずさんでゆく
この荒地の何処かで
君の声が聞こえている
この荒地の何処かで
途方に暮れている
夕焼けに浮かぶこの街に
雨上がりの風が吹いている
人の噂なんて当てにならない
セピア色の景色に
時が急いでいる
この荒地の何処かで
君の声が聞こえている
この荒地の何処かで
途方に暮れている
月明かりに寄りかかって
ダンス すてきさBaby
君を愛してる
君を愛してる
夕焼けに浮かぶこの街に
雨上がりの風が吹いている
真実が醜い幻なら
僕らは何を信じればいいのだろう
この荒地のどこかで
君の声が聞こえる
しょぼくれたブルースは
闇に預けて
この荒地の何処かで
君をいつも探している
この苛立ちは何だろう
途方に暮れている
ハレルヤ
ハレルヤ
この荒地の何処かで
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佐野さんの3年ぶりのニューアルバム「Coyote」。
新しいCDを開封してテーブルに載せるのは、いつもドキドキするものだ。
聴こえてくるのは、軽快なロックンロール。
ザクザクとしたビートにのって「明日また路の上で」と歌う“星の下 路の上”に始まって、雨上がりの虹のような“黄金色の天使”まで、HoboKingBandに比べてラフなリズム隊、簡潔なギターを中心としたシンプルな構成。
そしてややグレーがかった声で歌われるのは、あきらめや悲しみを通り越してそれでもなおかつ自分自身を失わないでい続けるという意志表明。
新しい時代のロックンロールを引っさげて颯爽と登場した80年代前半、孤高の存在となった80年代後半。袋小路に入り込んでもがいてしまったような90年代を経て、前作「THE SUN」で、重ねた年月をそのまままっすぐに受け止めつつ再び力強く一歩を踏み出した佐野元春は、このアルバムで更に高みへ上っていった。
前作のジャケットで、壁の前で高くジャンプしていた男は、そのままふわりと宙へ舞い上がっていったかのようだ。
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コヨーテ、海へ
宇宙は歪んだ卵
世界中に知らせてやれ
気まぐれな進歩はもういい
溢れる暇を潰すだけ
右に左に
世間を巻き込んでのバカ騒ぎ
天気を気にするのはやめて
今を歩いてゆけばいい
愛ははかない
正義は疎い
目指せよ、海へ
目指せよ、海へ
そうさここから先は
勝利あるのみ
勝利あるのみ
Show Real
毎日の猥雑なニュースに
神経もやられてしまいそうな日々
今夜も誰かが誰かにジェラシー
欲望は溢れてゆく
あてのない夢
捨ててしまえ
人はやりたいことをやればいい
まだ見ぬ明日がきっと
きっとどこかにあるのさ
もう夢など見ない
希望はせつない
目指せよ、海へ
目指せよ、海へ
そうさここから先は
勝利あるのみ
勝利あるのみ
Show Real
望みはたった一つ
自分自身でいたいだけ
この魂よ 舞い上がれ
そこに空がある限り
この世界を信じたい
うまくいかなくてもかまわない
君を愛しながら満ちてゆく
黄昏の兵士になりたい
俺たちきっと
きっとまたどこかで会えるはず
目指せよ、海へ
目指せよ、海へ
そうさここから先は
勝利あるのみ
勝利あるのみ
Show Real
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この“コヨーテ、海へ”を聴いて、泣きそうになった。
まっすぐに時代と対峙してきて疲れ果て、それでもまだ強い意志を持とうとする姿勢。
この歌で歌われた「ここから先は勝利あるのみ」のフレーズ。
「勝利」って、何に対しての?
情勢はむしろ悪化している。前作で壁の向こうに見えた青空とは対照的にこのアルバムのジャケットの空はどんよりと曇っていることが象徴するように、時代の未来は決して明るくはないし、多くの人がただ敗北に向かって歩んでゆくような人生を送っている。
けれど、ここまで守り続けてきた自分自身を、もはやそう簡単には失いはしない。そういう意味での「勝利」。
佐野さんの、絶望の中に希望を紡ぎだそうというせつないまでのその姿勢は、例えば25年前の「SOMEDAY 信じる心いつまでも」や「瓦礫の中のGoldenRing」といった言葉に込められた気持ちと、何も変わってはいない。
「つまらない大人にはなりたくないとシャウトし「今夜も愛を探して」いた少年は、今も「黄金色の天使を探し続けて」そして「誰もが戸惑いながら 大人になってゆく」なんてうそぶいている。
「つまらない大人にはなりたくない」という意志を貫いたものだけが「つまらなくない大人」になれるんだと思う。
そしてそれは確かに、人生に於いてたったひとつの「勝利」なのかもしれないと思う。
Lou Reed / Sweet Jane
![]() | Live in Italy Lou Reed 1984 |
♪Sweet Jane
Standing on the corner
suitcase in my hand
Jack's in his corset, Jane is in her vest
me, honey, I'm in a rock 'n' roll band
Ridin' in a Stutz Bearcat, Jim
you know those were different times
All, all the poets they studied rules of verse
and those ladies they rolled their eyes
Sweet Jane
Sweet Jane
Sweet Jane
Jack, he is a banker
and Jane, she is a clerk
and Both of them save their money
when they come home from work
Sittin' down by the fire
radio does play, look classical music there, kids
"The March Of The Wooden Soldiers"
you can hear Jack say
Sweet Jane
Sweet Jane
Sweet Jane
Some people like to go out dancing
and other people like us, we gotta work
And there's even some evil mothers
they're gonna tell you that everything is just dirt
And you know that women never really faint
and that villains always blink their eyes
That children are the only ones who blush
and that life is just to die
Anyone who ever had a heart
and wouldn't turn around and break it
Anyone who ever played a part
and wouldn't turn around and hate it
Sweet Jane, Sweet Jane, etc.
Sweet Jane, oh honey, Sweet Jane
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スーツケース片手に街角に立っている
ジャックはコルセット、ジェーンはヴェストを身にまとい
そして俺はロックバンドで歌ってる
ジムはベアキャットで飛ばしてる
それぞれにとってそれぞれの違う時代があり
詩人は皆 韻の踏み方を学んだ
女たちはグルグル眼を回してる
愛しのジェーン
ジャックは銀行家で ジェーンは事務員
二人とも金には慎ましい暮らしをしている
仕事が終わって帰宅した二人は暖炉のそばに座っている
ラジオから聴こえてくるのは「木彫りの兵隊の行進」
そしてジャックの囁く声が聞こえてくる
「愛しのジェーン」
ダンスに出かけるのが好きな人々がいる
俺たちは働かなきゃいけない
タチの悪い母親たちは「世の中すべて汚らしいものでできている」なんて君に言うけれど
女の人が本当に失神してしまうなんてありえない
子供たちは一人残らず顔を紅潮させている
悪人はいつも眼をキョロキョロさせている
そして人生はただ死のためにある
誰もが心を持っていたけれど いつの間にか破裂させてしまった
誰もが役割を担っていたけれど いつの間にか憎悪に変わってしまった
愛しのジェーン
愛しのジェーン
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どんよりした曇り空、だらだらと雨が降り続く。じっとしていても汗がじっとりと滲み出るような不快な湿気。ただでさえ忙しいこの時期に、人為的なミスによる不具合やら、ケガ人による欠員やら、システムトラブルによる理不尽なトラブルが続いてへとへと。なかなか疲れが取れない。今日こそはぐっすり眠りたいと思う朝をあざ笑うかのように、枕元でトラブルを知らせるケイタイが鳴り響き、脳みそをシェイクする。
外は相変わらず、どんよりと曇っていて、朝なのか夕方なのかの区別もつかない。
そんなくぐもったシャキッとしない朝に聴きたくなるのは、例えばルーリードの『ライヴ・イン・イタリー』。絶対的なルー・リード支持者じゃない僕にとっては彼のレコードは当たりハズレが大きいけれど、このライヴ盤は完璧だ。
外気と呼吸が区別つかないような、眠りと目覚めの境がないような状態の頭に、外界と自分との壁を乗り越えて脳みそに滲みてゆく音楽。
ヴェルヴェット・アンダーグラウンド時代からずっと、人生の暗部を切り取ってきたようなストーリィを歌うルーの、ぶっきらぼうでぼそぼそした、しかし明確な意図を持った声。痙攣のように引きつったギターを響かせるロバート・クイン。この二人の描き出すダークサイドとは好対照なまでに、大きなうねりのビートを紡ぐベースのフェルナンド・ソーンダース、シンプルでジャストなリズムを叩き出すドラムのフレッド・メイハーのリズム隊は、下腹部に響くようなしなやかで力強いグルーヴで迫ってくる。
知と力、脳と体、暗と明、夜と昼、鬱と躁、憎悪と愛情、そんな相反するもの同士の対立と融合が確かにそこにある。
ルー・リードは“Sweet Jane”の中で、ジャックとジェーンという登場人物のなんでもない日常を描きながら、life is just to dieなんていうミもフタもないような言葉をはさみこんだりする。これがどうしようもなくダークでヘヴィな演奏で歌われたらきっと誰も立ち上がれない。けれど、このバンドのタイトなリズムに乗って歌われたとき、この言葉はなんらか別の色彩を持つような気がするのだ。上手くはいえないけれど。希望の色彩ではない、けれど、あきらめとも違う。最初からそれは極自然なことなんだとすんなり受け入れてしまうような説得力とでもいうか。
そんな風に、言葉の持つ力を補強してしまうのが音楽の魔力。そして相反する二つの価値観をいっしょくたに表現してしまえるのが、ロックンロールのマジック。そして、そんな魔術に結果的に後押しされながら、駅に着いた電車を降りる群れの中へ混じってゆく。
雨はまだ降っている。空は相変わらずどんより。
アルバムはラスト・ナンバー“Rock'n'Roll”に変わっていた。
Despite the amputation
you could dance to a rock 'n' roll station
It was all right
it was all right
どんな状況だったとしても
君はラジオをロックンロール・ステーションにあわせて踊ることができる
それでもう大丈夫
Neil Young / Like a Hurricane
![]() | Live Rust Neil Young & Crazy Horse 1979 |
七月の台風としては観測上最大級といわれる台風4号が接近してきている。午後からはずいぶん雨風が激しくなってきた。TVでは鹿児島や高知から、レポーターが暴風雨の中で叫んでいる。
台風はけっこう好きだ。
子供の頃はよく台風が来るたびに停電になったもので、ろうそくの火の元に家族が集まって明かりがつくのをドキドキしながら待っている様子は、ちょっとしたイベントみたいなものだった。
当たり前に手に入ると思い込んでいる便利で快適な暮らしは、実は多くの人が多くの力を注いで成り立たせているシステムであって、台風はそんな、回転し続ける便利で快適な日常生活をいとも簡単に一時停止させ、その日を無事に過ごすことだけに専念させる。
自然の大きな力には人間なんてなすすべもないことを、台風は思い出させてくれる。
選んでみたのはニール・ヤングの“Like a Hurricane”。
アルバム『Live Rust』は前半アコースティック、後半ハードなロックで構成され、70年代のニールの歩みを総括するようなライヴ・アルバム。そのハイライトで登場する“Like a Hurricane”は、歌詞自体は恋愛の嵐のような感情を台風に例えたたわいもない歌だけれど、むしろ歌詞以上にニール・ヤングの荒々しいギターが、まるで暴風雨のように激しく轟く名曲。痙攣するように、のけぞるように、情念のギターを弾きまくるニール・ヤング。それは上手いとか拙いとかを越えて、ただここに在ることの潔さ、かっこよさみたいなものを伝えてくれる。
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♪Like a Hurricane
Once I thought I saw you
in a crowded hazy bar,
Dancing on the light
from star to star.
Far across the moonbeam
I know that's who you are,
I saw your brown eyes
turning once to fire.
You are like a hurricane
There's calm in your eye.
And I'm gettin' blown away
To somewhere safer
where the feeling stays.
I want to love you but
I'm getting blown away.
I am just a dreamer,
but you are just a dream,
You could have been
anyone to me.
Before that moment
you touched my lips
That perfect feeling
when time just slips
Away between us
on our foggy trip.
You are like a hurricane
There's calm in your eye.
And I'm gettin' blown away
To somewhere safer
where the feeling stays.
I want to love you but
I'm getting blown away.
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以前に一度君を見かけたのはたしか混雑して煙ったバーだった
星から星へ飛び回るように光の中で踊っていた
かすかな月明かりでも君が誰だかわかった
君のブラウンの瞳に炎がともるのを見た気がした
君はまるで台風のように、瞳の中に静けさがある
僕はまるで吹き飛ばされてしまいそう
ここにいたいと感じながら、どこか安全な場所へと
君を愛しているのに、吹き飛ばされてしまいそうだ
僕はただのドリーマーで、君は夢だった
君が僕の唇に触れるまでに
他にもいろんな可能性があったというのに
あの完璧な一瞬が僕に時間を忘れさせ
僕らを深い霧の中へ連れてゆく
君はまるで台風のように、瞳の中に静けさがある
僕はまるで吹き飛ばされてしまいそう
ここにいたいと感じながら、どこか安全な場所へと
君を愛しているのに、吹き飛ばされてしまいそうだ
Pat Metheny [Watercolors]
![]() | Watercolors Pat Metheny |
台風が去り、清々しいほど濃い青の空が顔をのぞかせた午後。
風はまだ強く、低い空にある雲がびゅんびゅんと流れてゆく。
その上の高い空を飛行機が飛んでいる。そのまた上のもっと高いところにちぎれたような雲の列。高い空と低い空で風の流れが違うせいで、いつもより空の高さがはっきりとわかる。
川は河川敷を飲み込んで、酒が入って気が大きくなった酔っぱらいみたいにいい気になってごうごうと音を立てている。飲み込まれなかった岸では木や草がぽたりぽたりとしずくを滴らせ、一歩入った路地ではアスファルトのへこみにできた水たまりで光が踊っている。
台風が去った後の景色はそんな風にきらきらと瑞々しい。
パット・メセニーがまだかけだしだった頃の1977年の2作目『Watercolors』は、“Watercolors”“ Icefire”“Oasis”“ Lakes”“ River Quay ”“ Legend of the Fountain ”“ Sea Song”など、それぞれの曲に水にまつわるタイトルが付けられている。メセニーの肉声に近いようなギター、ライル・メイズのきらきらしたピアノ。静かに、しかしとうとうと流れていく地下水脈のようなリズム隊。透明感と浮遊感、風や水が流れていくような佇まい。風や水が体の中を通り抜けて浄化されていくような感覚が心地よい。
パット・メセニーの音楽からは、いつも風景が見える。
何処か懐かしいような、心が洗われるような、そしてどこか儚い、夢で見たような風景。
それは、例えば今日見た、台風が去った後の空のような風景なんだと思った。
Chick Corea [Return To Forever]
![]() | Return to Forever Chick Corea |
朝からセミが鳴いているのに、はっきりしないお天気が続く。梅雨明けはいつなんだろう。もはや夏が待ち遠しい歳でもないし、正直少しでも涼しい方がありがたいのだけれど、それにしてもこのぐずぐず感はいかんともしがたい。
チック・コリアの『Return To Forever』。マイルスのエレクトリック・バンドを離れた奇才チック・コリアが1972年に発表したアルバム。いわゆるクロス・オーバー/フュージョン・ミュージックのはしりと言われ、ジャズを地下室から解放したアルバムと評されているけれど、イージー・リスニング的或いはスーパーのBGM的フュージョンの“さわやかな夏”のイメージで聴くとしっぺがえしを食う。海は海でも、海水浴やサーフィンの夏の海とはほど遠い、どんよりとした色調の暗くくぐもった色の海。
キラキラしたチックのエレピと、フローラ・プリムの天使的歌声、軽やかな小鳥の羽根のようなジョー・ファーレルのフルートが表面的には爽やかで楽園的で心地良いけれど、そして全編を通じて基調音として流れているのは、低くうなるスタンリー・クラークのベースのダークさ。そして、演奏が盛り上がっていくに連れてそれぞれの楽器が歪みゆがみながらたたみかけあいながら怒涛の嵐のような展開になっていく。
一見爽やかな海のジャケットも、よく見れば空は薄曇り。
低く飛ぶカモメは、羽ばたこうとしているのか、それとも堕ちてゆく体を必死で支えて羽ばたこうとしているのか。単に餌を探してうろついているのか。
アルバムを通じて、僕にはこんな物語が聴こえてくる。
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第一章:明け方もまだもう少し遠い真夜中と夜明け前の中間の頃、漆黒の闇の中を船出する船。未知の航海への希望がほんの少しとたくさんの不安を抱えながら。
第二章:曇天の中、夜が明ける。朝日は見えない。波は荒れている。航海の先行きは見えない。
第三章:晴れ間から陽が差し、緑色の風が吹く。花と陸地の臭い、天使の歌声、歓喜と安堵。
第四章:再び曇天。波荒れ、陸は遠のく。束の間の夢。さらに波は高く、先行きの見えないまま航海は続く。しかしもはや不安はない。なんであれ航海は続く。
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そう、なんであれ航海は続く。航海を続けていく上ではいい日もあれば悪い日もある。近づいたと思った陸地が遠のくこともあるし、順調な航路だと思っていたらいつの間にか大きく波に流されていた、なんてこともあるのだろう。目指す進路が正しいのかすらどうかさえ実は怪しいのかも知れないけれど、もはや船からは降りるという選択肢はない。
羅針盤とクルーの腕前だけが頼りの航海。
道路のある旅はなんて便利なのだろう、と思う。地図と標識を見比べればやがてたどりつく道程。けど、僕らが今進んでいる航海には地図も標識もない。
このいかんともしがたいぐずぐず感は、実はお天気のせいなんかじゃなく、確かな道が見えない、確かな手応えがつかめない、そんなもどかしさのせいなのかもしれない。
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Return to Forever 1974
Weather Report [Black Market]
![]() | Black Market Weather Report |
明日から夏休みだ。一週間、仕事を離れる。日々の仕事はある種戦いみたいなもので、体質をある程度酸性にしておかないといけないので、自らを鼓舞するような激しい音が聴きたくなる。或いはその反動でリラックスできる音楽がほしくなる。けど、少し長い休みとなると、呆けたくらいの空気感の音が良い。
そういう意味でも70年代後半のフュージョンは悪くない。
クルセイダーズ、スタッフ、リターン・トゥ・フォレバー、ナベサダ、高中。音楽に興味を持った頃、巷で一番流行っていたのはフュージョンだったからロックだ、ブルースだ、なんて言いながら実はこの手の音楽に抵抗がない。この頃のジェフ・ベックも僕にとってはフュージョン。
文化にはその時代時代の流行り廃りが必ずある。今、優秀なアスリートが野球ではなくサッカーを目指すように、女にモテたい目立ちたがり屋が映画や音楽ではなくお笑いを目指すように、その時代の優れた才能が集まる場所がいつの時代にもあって、例えばこの頃のジャズ/フュージョンもそうだったのではないかと思う。伝統芸能に堕ちてしまったジャズを嫌いそれに反旗を翻した天才マイルス・デイヴィスを慕って集まった、知性と野生を兼ね備えた才能たちは、ジャズの即興性とロックの衝動とクラシックの物語性とファンクのリズムとブルースの魂をごっちゃまぜにして一見煌びやかでその実毒の盛り込まれた音楽を構築した。
ウェザー・リポートもまさに異能の集まりで、ジョー・ザヴィヌルもウェイン・ショーターもジャコ・パストリアスも、とにかくなんだかわけがわからないくらいすごい。それぞれが妥協することなく好き勝手にやっているようで、お互いがお互いをレスペクトしながら火花を散らしあう。その時、個々のエネルギーは増幅しあって、それがまたそれぞれの成長を促す、そんな輝かしい瞬間。
人と人との組合せはなかなか難しい。個々は悪くないのにコンビネーションがお互いを殺すこともあれば、お互いをがお互い刺激しあって、ともに成長しあうこともある。チーム全体がそうなったときはまさに無敵で最強の集団が出来上がる。うちのセンターもあと一歩なのに何かが欠けていて最強の集団になりきれない。個々は悪くないのに、何かが足りないのだ。グルーヴのようなものが。そのマジックは一体何なんだろう…などと休みなのにやっぱり仕事のことを考えてしまった。
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weather report : black market :1978
Brecker Brothers [Heavy Metal Be-Bop]
![]() | Heavy Metal Be-Bop Brecer Brothers 1978 |
70年代ジャズ/フュージョンの金字塔。っていうか、これはむしろファンク。なんなんだ、このぶっとい音は?と思うくらいぶりぶりと迫ってくるベース。タイトで重心の重いどっしりしたドラム。ハイテンションで縦横無尽にうねりまくり、ぎざぎざと鋭角的に上下するフレーズを吹きまくるブレッカー兄弟は、まるで16ビートにのったチャーリー・パーカーとディジー・ガレスピー。大音量で浴びるように聴くと、自分がちびくろサンボに出てくるとろけてバターになる虎になったような気がする、そんな溶けてしまうような熱い演奏。
音楽の気持ちよさには様々な種類があるけれど、素晴らしい表現は常にリズムが良い。単にノリのよさということではなく、スピードの緩急こそあれ、独特のタイム感、リズム感、空気感を持っている、という意味で。例えばどんなに素晴らしい歌詞やメッセージを持った歌でも、リズムが悪ければそのメッセージは伝わらないし、言葉がなくても素晴らしい演奏はなんらかのメッセージをもたらしてくれる。
ブレッカーズのこのアルバムの演奏からは、技術の極限へ挑む彼らのチャレンジ精神、今まで見たことのない地平を目指す心意気、限界を自分で設定しない心の自由さ、みたいなものをたくさん受け取った。そして、見知らぬ地平に挑戦するときは、こんな風に余裕たっぷりで立ち向かうものだということも。
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Brecker Brothers - Some Skunk Funk
Michael Brecker / The Nearness of You
![]() | Nearness of You: The Ballad Book Michael Brecker |
今年1月に白血病で他界したマイケル・ブレッカーが、2001年に発表したバラード・アルバム。
g:パット・メセニー、p:ハービー・ハンコック、b:チャーリー・ヘイデン、ds:ジャック・デジョネットという参加メンバーはまるでメジャー・リーグ・オールスター級。オーネット・コールマンと共にフリー・ジャズの創始に関わり、革新的なセッションに参加してきたヘイデン。60年代から一線で活躍してきてマイルス・デイヴィスの下で数々の実績を作り、自らも新しい時代を開くアルバムを発表し続けてきたハンコック。そしてそんなアルバムには必ずと言っていいほど名を連ねてきたデジョネット。ひと世代下になるブレッカーやメセニーは彼らの背中を見ながら、伝統にとらわれず、かつジャズの核心を失わない優れた作品を発表し、また優れたセッションに参加してきた。そういえばハンコックを除く面々とは、メセニーの[80/81]で既に共演していたりもする。
そんな錚々たるメンバーだが、聴こえてくるのは肩透かしを食らうほどのリラックスした演奏。革新的な音を作ってきた戦士たちのアナザー・サイドともいうべきロマンチックでイントロスペクティヴな演奏が繰り広げられる。マイケル・ブレッカーの持ち味は、コルトレーン譲りの太くて手数の多いフレーズだけど、彼のフレーズには冗長さがひとつもなく周りの楽器との調和に徹していて、このアルバムでも出しゃばり過ぎずに他のメンバーを上手く引き立てている。
実際彼はスタジオ・ミュージシャンとしてのキャリアも長く、ロックからAOR、ブラコン系のものすごく多数のセッションに参加している。このアルバムにも参加しているジェイムス・テイラー。ジョニ・ミッチェルやポール・サイモン、ビリー・ジョエル、ドナルド・フェイゲン、チャカ・カーンにダイアナ・ロス。スプリングスティーンの「明日なき暴走」のクレジットにも名前が見える。売れない時代に留まらず売れるようになってからもいろんなセッションに参加し続けたファースト・コール・ミュージシャン。
このアルバムでも際立つのは、そんな「歌伴」に徹したときの心地よいフレーズだ。
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♪The Nearness of you
It's not the pale moon that excites me
That thrills and delights me
Oh no
It's just the nearness of you
It isn't your sweet conversation
That brings this sensation
Oh no
It's just the nearness of you
When you're in my arms and I feel you so close to me
All my wildest dreams came true
I need no soft lights to enchant me
If you would only grant me the right
to hold you ever so tight
And to feel in the night
The nearness of you
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私をワクワクドキドキさせるものは
青白いお月様じゃない
それはあなたと近づいたとき
こんな気持ちにさせるのものは
甘い会話なんかじゃない
それはあなたと近づいたとき
あなたは私の腕の中
あなたをこんなに近くに感じて
私の途方もない夢は叶えられたから
あなたを誘惑する柔らかな光も今はいらない
きつく抱きしめあったり、夜を感じたりするために
あなたが私に授けられたのだとしたら
ずっとあなたと寄り添っていたい
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周囲の色を常に気遣いながらその中で自分らしさを発揮することは、簡単なようで難しい。それでいて彼しか出せない個性の強い音をいつも出している。
「俺が、俺が」はもういい。誰かの力になりながら、そのことが自分の喜びにもなる関係を素敵だと思う。
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![]() | 80/81 Pat Metheny |
Brecker-Metheny-Every Day I Thank You
真島昌利 [夏のぬけがら]
![]() | 夏のぬけがら 真島昌利 |
日曜日の夕方に娘と散歩していたら、公園のベンチの足元でセミの幼虫がうろうろしているのを見つけた。あれは幼虫?っていうのかな?それとも蛹?茶色い、大きな鎌を持った、あれ。抜け殻ではよく見かけるけれど、動いているのを見るのはいつ以来だろう?
奴はベンチの足を木と思い込んで必死に登ろうとしている。けれど、ベンチの足は鉄製で、奴の大きな鎌もまるで役に立たず。滑っても滑っても必死に登ろうとする姿は滑稽ですらある。8年間土の中で耐えてきてやっとセミになる時期が来たっていうのにこんなところで力尽きてアリの餌食になってたまるか…なんてことは考えないのだろうけれど、奴はただセミになること、そのために木に登ることだけをDNAにインプットされて、ベンチの鉄の足に鎌を振り上げ続けていた。
今朝、セミの声で眼が覚めた。梅雨明けだ。天気予報士なんかより生き物の方がよっぽど季節を知っている。
僕らが木の上に乗せてあげたあいつも孵化して、今頃鳴きまくっていることだろう。
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夏が来て僕等
夏が来て僕等 アイスクリーム食べて笑った
木に登り僕等 何回目の夏か数えた
奪われた声に耳を澄まし
自転車で知らない街まで
終わりなき夏の冒険者は
夏に疲れるなんて それはとても罪なこと
夏が来て僕等 高校野球なんて見ないで
夏草に伸びた 給水等の影を見ていた
裸足ならもっとよかったけど
宿題は机で待ってる
誰かがピアノを弾いているよ
みんな誰もが秘密を持つ 汗ばんだ季節だ
八時半 広場に集まろう
花火ならたくさん持ってる
スリルある奴やきれいな奴
今夜部屋から抜け出してさ 森を見に行こう
夏だ来て僕等 成長のドアを足であけた
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夏、セミの抜け殻、虫取り網、青空、入道雲…
学生の頃、無職の頃、夏になると部屋でひざを抱えてぼけっと聴いていた真島昌利の「夏のぬけがら」。
ブルーハーツでの激しくギターをかき鳴らし吼える姿とは違った、ぽつんとした少年〜思春期の視線で描かれた夏の情景。アコースティックな音色、淡い色彩。
「夏」という季節に象徴させた、熱く生きることへの願いと、過ぎていくものへのあきらめや、だからこその愛おしさがたくさん詰まったレコードだ。
僕らの日常も、ひょっとしたらあのセミの幼虫並に滑稽で、だからこそきっと愛おしい、そんなものなのかもしれないね。
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風のオートバイ
嵐の中で抱き合って
これが最後じゃないのかと
いつもそんなせつなさで
ぎりぎりのキスをしよう
錨を上げて帆を張って
冷たい雨に打たれても
夢がついに破れても
この旅は終わらないよ
だからもう涙を拭いて
だからもう怖がらないで
よく見てみれば分かる
たいしたことでもねぇ
消えてゆくのは幻か
何かとても大切な
忘れ物をしたような
この気持ち くすぶってる
どこにも落ち着かないで
どこにもたどりつかない
風のオートバイに乗って
虹の彼方までさ
Marc Johnson [The Sound of Summer Running]
![]() | Sound of Summer Running Marc Johnson 1998 |
真夏のよく晴れた青空の下、川沿いの公園の木陰で、このアルバムを聴きながらうとうと。
夏休み、って感じです。
パット・メセニー、ビル・フリーゼルという、タイプの全く違うようで、ジャズに留まらない汎アメリカ音楽的な表現力の広さといった共通点を持つ二人のギタリストを従えたこのアルバム。繰り広げられているのは、カントリィからフォーク、ジャズ、ブルース、そしてロックンロールまで、すべてのアメリカ音楽が絶妙にブレンドされた、オール・アメリカン・ごちゃまぜミュージック。
浮かんでくる情景は、少年時代の夏休み。夏休みの少年たち。
セミ捕り、カエル捕り、ザリガニ釣り、三角ベース、自転車レース、空き缶ボート競走。ひっかいて、転んで、虫に刺されて、すりむいて、泥んこになって、水びたしになって。
小学生の頃はいつもこんな風に無邪気に、野山や川原を駆けずり回っていた。毎日が永遠に続いていくかのようだった。怖いものなんて何にもなかった。
あの頃は、なんて思わない。今も、じゅうぶんにやんちゃ坊主のまんまだ。駆けずり回る場所は野山じゃなくなっても。
なんだかわくわくするね。
トム・ソーヤーにでも会いに行けそうな気分。
Lee Ritenour & Larry Carlton [Larry & Lee]
![]() | Larry & Lee Lee Ritenour & Larry Carlton |
♪Larry Carlton & Lee Ritenour - Room 335
日本国内に旅行に行くつもりはない。沖縄か北海道以外は。
理由は簡単、“気候”が変わらないから。寺社仏閣や有名建築物などの名所旧跡にも、美しい風景にもあまり興味がないから、日本国内ならどこへいっても同じように感じてしまうのだ。気温や風土は変わっても、日本独特の湿気を含んだ“気候”は残念ながら変わらない。それならいっそ、気候の違う国の音楽を部屋一杯に流したほうがまだ旅行気分を味わえる気がする。
例えばこの、リー・リトナーとラリー・カールトンの95年の共演盤。
リー・リトナーとラリー・カールトンは、フュージョンが時代を席巻した当時の2大ヒーローでありライバル同士だった。けれど、それぞれが独自の流儀でそれぞれのアプローチを展開しており、同じファン層でありながら決して相容れないようなものがあった。吉田拓郎と井上陽水とか、江川卓と西本聖とか、ビートたけしと島田紳助とか、中森明菜と小泉今日子とか、或いは村上龍と村上春樹、そんな感じ?だから、この二人の共演にはびっくりしたし、聴く前には正直、「NHKの『ふたりのビッグ・ショー』かよ!」なんて思ったりしたのだけれど、聴こえてくるのは、いわゆる企画モノにありがちな金儲けやわざとらしさの匂いのしない正直な音。ライバル同士の“ギター・バトル”なんて熱い展開ではなく、お互いがお互いの長所をそれぞれ認め合い引き出しあうかのようなリラックスした心地よい演奏。本当にお互いがお互いと共演することを必然としていたのだなぁ、と感じさせる音。
若い頃は、身の回りにあるものを何でもかんでも吸収して自分の中に取り入れながら自分の可能性を見つけてゆく。そんな時にライバルの進み方を横目で見ながら「あいつがあっちなら俺はこっち」というふうに自己を規定してゆくことがある。そんな風にしてそれぞれがそれぞれの揺らがない確固たるものを見つけた後には、そのライバルに「もしかしたらそうなっていたかもしれないもう一人の自分の可能性」を見てしまうのかもしれない。そして、そのライバルと共演することが、改めて自分自身が歩んできた道程や得たものの確かさを確認する場所になる。二人がこのアルバムを録音した50代というのはそんな年齢なのかもしれない、などと想像してみたりするのだが実際のところどうなんだろうか。
スピーカーからは、西海岸カリフォルニアのさわやかな空気をそのまま持ち込んだような、湿気の少ない音色の伸びやかなフレーズの音楽が鳴り続けている。新聞やTVのニュースに溢れる世界の現実の暗さなどまるで存在しないかのような、能天気で心地よい世界。
たまにはこんなのもいいだろう。
大げさな話、個人としてのささやかな幸せの追求だけが、壊れかかった世界を救うのかもしれない、などと本気で思ったりしている今日この頃なのだ。
Rahsaan Roland Kirk [The Inflated Tear]
![]() | The Inflated Tear Rahsaan Roland Kirk 1967 |
誰の著書だったか忘れたけれど、自らの書物の嗜好についてこんなことが書かれていたのを読んだことがある。
自らの書物の嗜好を把握するのに有効な方法はとにかく手当たり次第に読むこと。面白いものと感じたものはより深く、その関連作品にも手を伸ばしてみる。読んでみて読み進まなかったものは、自分に合わないか、まだそれが吸収できる時期ではないので一旦パスする。その手順はまるで暗闇に弓矢を射るようなもので、手当たり次第に読み飛ばしていくうちに的に当たったものだけが残って嗜好の輪郭が姿を現す、といったような内容だった。音楽についても同じことが言えるけれど、特にジャズの奥深い深遠な森のような世界の中で自分の嗜好を知るにはこの方法が一番。
そんなわけで片っ端からいろんなジャズを聴き漁ってはみたけれど、そもそもがロックやソウル好きの僕にとって、僕の心の琴線に触れるジャズは、どうも少し好みは偏っているらしい、ということがわかった。いわゆるモダンジャズの大きな流れの中ではこぼれおちてしまうような人が好きだ。
その一人がこの人、ラサーン・ローランド・カーク。
幼い頃に視力を失った盲目のホーン奏者。一度に3本ものホーンを咥えて吹き鳴らすとか、晩年は半身不随になりながらもステージに立ち続けただの、異能の人めいた伝説ばかりが残っている人、そしていわゆるジャズの正史には出てこない人だけれど、この人の鳴らす音はとにかく黒い。
ジャズが輝いていた時代には、常にその時々の最新型の表現方法があった。その時代の一番ヒップなミュージシャンがそこへ集まると、次はその一番最先端だったスタイルにカウンターを打つようにしてもっとクールでヒップなスタイルを作る…そんなふうにして進化してきたのだけれど、その過程で忘れ去られてしまった、黒人音楽としての本質=ブルース、がカークの音楽の中では失われていない。例えばこのアルバムの一曲目“Black and crazy blues”。400年前に奴隷商人によってアフリカからアメリカへ連行されてきた人々が、ほそぼそと語り継いできたわらべうたのメロディーや太鼓のリズムをそのまま受け継いできたかのような黒さ。そしてリズムの確かさ。
時代と共に移り変わる最先端の表現方法とはまったく別の場所で、自らの心のうちから湧き出てくる、音楽でしか表現する方法がない思い。ジャズであれロックであれソウルであれ、本当に心が揺さぶられるのはそんな音楽だ。それが、暗闇に弓矢を放ち続けた結論。そしてそこに浮かび上がる輪郭は、単に嗜好の問題ではなく、僕自身の輪郭でもあるのだと思う。
Rahsaan Roland Kirk
Doller Brand [African Piano]
![]() | African Piano Dollar Brand 1973 |
サッカーの国際試合では国歌斉唱がある。「国歌」については様々な物の見方や考え方があるとは思うしそのことを否定するわけでも肯定するわけでもないのだけれど、あのような場で聴こえる『君が代』はいつも音楽的に異質に感じる。ほとんどの国が西洋音階の、例えばマーチングバンドが演奏しそうな楽曲を採用している中で、民族的伝統の音階を採用しているからだ。
それぞれの民族にはそれぞれの民族的音楽がある。そして西欧的価値観と民族的価値観の折り合いをつけながら新たな文化がそこでは常に生みだされている。そんなことを考えるきっかけになったのは、このアルバム。南アフリカ出身で、後にイスラムに帰依してアブドゥル・イブラヒームと名前を変えた、ダラー・ブランドというピアニストの1973年の作品だ。
初めて聴いた時は、よくわからない退屈なピアノソロがひたすら延々と続くだけで「こりゃ失敗した」と正直思った。もっとアフリカっぽい熱くファンキーな音を期待していたのだ。長い間棚にしまいこんだままになっていたこのレコードの凄さがじわじわとわかってきたのはずいぶん後になってからだ。
この退屈なメロディは、実はメロディーではなくアフリカの太鼓をピアノで再現したもの。そして左手は、ひたすら同じリフを延々と繰り返し、永続する太鼓を使った祝祭の儀式を象徴していると思う。だとすれば、まさに西洋音楽の様式とはまったく出発点の異なる、言葉どおりの“アフリカン・ピアノ”なのだ。
今や西洋的価値観は世界中に進出し、それこそが絶対正義であるような論理を僕らは信じて疑わないけれど、元々世界には色んな価値観があった。西洋的価値観は確かに民主主義・市民社会を世界へ浸透させ人々を解放したけれど、同時にその土地に元々あった土着的民族社会や村落社会・家族社会を破壊してしまった。西洋的な便利さが各々の民族の持っていた風習を風化させ、大量消費型の社会を世界中のすべての人が享受するのはもはや不可能と地球が悲鳴を上げている。
例えばイスラム系のゲリラ組織によるテロ行為や、今回のアフガニスタンでのタリバンによる拉致事件。決して許されることではないしイスラムの教義的にもはずれている非人道的な行為だけれど、そんな行動を起こさざるを得ない背景にある非西洋的価値観をもっともっと知りたいと思う。
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Abdullah Ibrahim - Ishmael (part)
Ornette Coleman & Prime Time [Virgin Beauty]
![]() | Virgin Beauty Ornette Coleman & Prime Time 1988 |
オーネット・コールマンとの出会いは、山積みにされた中古レコードだった。まだジャズに詳しくなかった頃、何となく名前を聞いたことがあるというだけで手に取ったこのアルバム。
のっけから脳天気なサキソフォンが、今まで聴いたことのないようなフレーズをプーパカプーパカ、プーパカピー。なんじゃこりゃ?と思っているうちにいつの間にか背中から羽が生えて天使になったような気分になってくる。まさに『天国の音楽』とでもしかいいようのない、無国籍にして摩訶不思議なリズムとメロディー、柔らかな音色でよく歌うフレージング、しかし脳内物質出まくりの癖になるサウンド。
オーネット・コールマン=フリージャズの創始者。一般的にはそう認知されている。メロディーも音階も無視した怒涛のエネルギーの塊のような破壊的な音楽=フリー・ジャズ。常識や定説を否定し新しい価値観を創造する…そんな時代の思想に後押しされた革命的なムーブメントは、結局のところ長続きはしなかった。音楽としての基本的骨格まで破壊してしまった後に残ったのはただのガラクタのような騒音でしかなかったからだ。そんなわけでフリー・ジャズは衰退したけれど、オーネットだけは生き残った。それは、彼の紡ぎ出す音楽が、音楽としての美しさを持っていたからに他ならない。
オーネットの吹く、何ともいえない独特のメロディ。それはまるで彼の頭の中でなっている音楽をそのまんま吹いてみました、みたいなメロディ。世間の常識やモラルやいわゆるパターンとはまったく無縁な場所から、自分の頭の中で鳴っている音をそのまんま形にしてみたらこうなった、みたいな。どこかリズムも音程も狂っているみたいで、おそらくクラシックを勉強してきた音楽の先生なら認めないような種類の音楽。常識やモラルから完全に解き放たれた子供のままの心を持った天才だけが紡げる音楽なのだと思う。
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Ornette Coleman and Prime Time 1988
George Adams [America]

AmericaGeorge Adams1985
George Adams Quartet - Have You Thanked America?
ジョージ・アダムス、まるで初期のアメリカ大統領にでもいそうなベタベタな名前を持ったサックス奏者。コルトレーンやアルバート・アイラー直系のテクニカルでややフリーキーなフレーズを野太くてソウルフルなトーンでスピリチュアルに吹きまくる。1992年に亡くなるまでMt.フジ・ジャズ・フェスティバルに毎年出演し、日本でもそれなりに人気があったらしい、ということはずいぶん後になって知った。
そんなジョージ・アダムスが晩年に録音したこのアルバムに描かれたのは、古き良きアメリカの田園風景。
小麦が金色に輝き、ピック・アップ・トラックが行き交い、麦藁帽子をかぶった黒人のじいさんがウイスキー片手にたむろする。贔屓の野球チームの勝ち負けに一喜一憂し、誰彼構わず馬鹿げたアメリカン・ジョークを連発する。たぶん何かの映画で見たことあるような、アメリカの光景を、「テネシー・ワルツ」やら「故郷の人々」「我が心のジョージア」など、アメリカ人のみならず日本人でも多くの人がよく知っているスタンダード曲を、ゴスペル風のぶっとい音色で、泣きのこぶしまわしで演奏する。
ひょっとしたらこれは、ものすごくお手軽な企画モノなのかも知れない。「天童よしみ、ひばりを唄う」とか、「氷川きよしの昭和名曲集」みたいな感じの。元々このレコードの企画元は日本のレコード会社らしい。ステレオタイプなアメリカのイメージを黒人のサックスで…みたいなベタな企画。「スシ、芸者、禅、忍者、武士道」といったような海外から見た日本への誤解イメージと同じように、ここで描かれたのは、リアルなアメリカではなく、外の人がイメージするアメリカの田舎の風景なのであって、そのこと自体が実はファンタジーに近い。
けれど、彼のサックスから湧き出る情感というか、匂い、音の一つ一つに込められたうたごころは本物。鼻持ちならない商業主義をすら軽く超えてしまうサムシングがある。彼が吹くと、そこに、本当は幻かもしれないアメリカの田園風景が出現するのだ。そんな音楽のマジックに僕は感動する。

















