佐野元春 [ナポレオンフィッシュと泳ぐ日]
![]() | ナポレオンフィッシュと泳ぐ日 佐野元春 |
♪おれは最低
ある晴れた日嘘をついた
働く気も起こらない
全ては腐り続けたまま
何も変わらない 変わらない
おれは最低
おれは最低
自殺か祈りか
奇跡か迷い込む
愛されてる突如知る
泣きそうだぜ 嬉しかった
おれは最低
おれは最低
仲のいいわかりあえる
友達のふりしてただけさ
途方も無くくだらない街の聖者
気取っていただけさ
おれは最低 おれは最低
おれは最低 おれは最低
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佐野元春5枚目のアルバム『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』に収められた「おれは最低」を初めて聴いた時、ずいぶんと度肝を抜かれた記憶がある。佐野さんがこんなにも直接的な言葉で心情を吐き出すようなことはかつてなかったからだ。ファーストアルバム〜『SOMEDAY』で、ロマンティックに、ポエティックに、街の少年少女のありふれた物語を第三人称で歌っていた佐野元春の姿はこの歌にはひとつもない。まるでビートルズの甘い夢を追い求めるファンを裏切るかのようにヘヴィーな『ジョンの魂』を録音したジョン・レノンみたいに、自分で作り上げた自分の虚像を自らぶち壊すような、そんなインパクトのある一曲だった。大ヒット曲「約束の橋」目当てでCD買った人はずいぶん戸惑ったのじゃないだろうか、と思ったりもしたけれど、余計なお世話か。
どこかのインタビューでも語られていたように、この当時、佐野さんは自身を取り巻く状況にずいぶん苛立っていたらしい。そのせいか、このアルバムは前述の大ヒット「約束の橋」といったポジティヴなポップチューンや「雪〜あぁ世界は美しい〜」といったポエティックな楽曲もあるけれど、この「おれは最低」をはじめ「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」にしろ「ジュジュ」にしろポップなんだけど、どこかシュールで壊れかかっていて、心のある部分がむき出しになっている曲が際立っている。
周囲は、かつての成功パターンを当てはめてそれを踏襲することを求めてくるけれど、そこにあるのは、システムの中に組み込まれたパターンをただ実践する執行者としての自分であって、それはぶっちゃけ誰がやっても代替可能だし、自分自身にとっては縮小再生産的行動でしかなく、当然そんな役割がおもしろかろうはずもなく、じゃいっそ今まで作り上げてきたものを一度フルパワーでぶち壊してしまえば、何か新しい自分自身が見えてくるんじゃないだろうか…なんてそんな思いで作られたような作品群。それが「ナポレオンフィッシュ」。
で、そんな感じが、実は僕自身の今の気分でもある。
まだほの暗い明け方、玄関を出たら、空が澄んで星がきれいだった。
なんとなく泣けてきた。
ピンと張り詰めたような冷気の中を、意識して背筋を伸ばして歩き出す。
冬の憂鬱はもうこれくらいにしておいて、エッジの効いたギターが闇を切り開くようなロックンロールからエネルギーを得て、一歩先へ歩いてゆくとしよう。
“おれたちは流れ星 これからどこへゆこう”なんて口ずさみながら。
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♪ナポレオンフィッシュと泳ぐ日
口笛を吹きながら 冬の街を歩いてく
いつの間にか知らないうちに 涙がこぼれてゆく
So Good Night いつか君の胸に抱かれて
Good Night どこか行きつく所もなく
奇妙なフェスタに招待されてる 孤独なペリカン
誰かが君を月のまぶしさから 隠そうとしてる
聖者が来ないと不満を告げてる エレクトリックギター
言葉の弱さに燃えつき そして君は唄うだろう
So Good Night いつか君の胸に抱かれて
Good Night どこか行きつく所もなく
世界は少しずつ形を変えてゆく
俺達は流れ星 これからどこへ行こう
So Good Night いつか君の胸に抱かれて
Good Night どこか行きつく所もなく
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ひとつの大きな到達点でした。
元春にとっても、日本のシーンにおいても。
「俺は最低」の鬼気迫る演奏。
照明演出の素晴らしさ。
「ブルーの見解」は完全にレコーディング版から離れて、
アジるように叫ぶ、あの歌詞は、
オーディエンスを突き刺しました。
やられました。